真昼のプラネタリウム
ホロウ・シカエルボク






亀裂から伸びる欠片の先端から昨夜の雨が祈るように滴っている廃屋の雨樋
海からの風が雲のどてっ腹をぶち抜いたみたいな紺碧の下で
いまだ同じ場所で彷徨い続ける俺の脳髄は一瞬
開かれはするが残されることのないノートパッドのようにみなしごだ
どこかの工場のスピーカーから大音量で流れる気象情報の残響が砂浜にばら撒かれている
それが真白い魚の骨に当たって機銃掃射のような音になって死ぬ―脊髄の辺りに寄り添って
水平線のあたりには台風の予感が静かに漂っている

ハロー
拠りどころのない夏だ

まだ遊泳許可の出ていない海岸ではいくつかの家族連れが
気の早いバケーションにうつつを抜かしている
彼らはみんな嘘つきだから
嘘つきだからあんなにもはしゃいでいるのだ
嘘が上手くつけるようになったらお終いだから
保存料の味がする缶コーヒーを美味くもなんともないという顔で飲み干した
そんな真っ当が誰も幸せにしないことはもう充分判っているのだけど


昨日電化店の店先の素敵なテレビジョンで流れていたマイナーな映画
「神は死んだ」と何度も繰り返していた、俺は思わず笑っちまった
「神が死んだ」のではなく「神を求めていない」というだけなのだ
無神論者ほどそのことが理解出来ない―おっと、誤解するなよ
俺は神を信じているが宗教は信じていない
祈りに作法がなければ指先も動かせないほど
俺は人間に汚染されてはいないからだ


コンクリートの床に這い蹲って
爪で引っかき続けているみたいな音楽が流れ続けている
いつのものか判らない希望を歌ううたよりも
目の前の闇をもいで投げつけてくるようなものが好きだ
安定の中でのほほんと空を見つめているようなうたよりも
血走った目でギョロギョロと辺りを見回しては
意味もなく笑い出したり暴れだしたり泣き出したりするようなうたが
赤ん坊は天使じゃない
母親はみんなそのことを知ってる


静寂は矢継ぎ早に
俺の魂をつけ狙う
鼓膜をこじ開けて特別な植物の種を植える
そいつは俺の内なる声を増幅して脳下垂体にぶちまけ
俺は思考に寄生されたモウセンゴケになる
もうすぐ夏だ
拠りどころのない夏だ


セメントのなかで酸素ボンベを背負って夢を見るようなここ数日の眠りは
死体の上で繁殖する蛆虫のように蔓延る昨日を過去のセクションに押しやってくれない
心拍数にブヨブヨとした感触が残る
俺のレゾンデートルは遺伝子のあたりで膿み続けている
蛆が孵化して…もしもオシログラフを繋がれたらそいつの中できっとバグが産まれるだろう
病室のような清潔さで病んでいく
波打際の砂のように正気は少しずつ失われていく

ハロー


電話をするよ
いつかきっと電話をするよ
いまはまだ無理だけれど
時間を作って約束を取り付けよう
俺の稼ぎは自慢にもならないけれど
君の胃袋に入るコーヒーを用意することくらいなら出来るさ
そんな手紙をこの前書いたけれど
いつでもいいから遊びに来いよと教えてくれた住所には
もうずいぶん前から誰も住んでいないらしかった


波打際で神様の卵を探す休日
時間は痴呆者の記憶のように過ぎて行き
まだ来ない夜の中に俺は取り残されている
光のかけらばかりが降り注ぐ真昼のプラネタリウム
どこか不安を煽ってばかりいるみたいなカレイドスコープの景色
泳いでいた家族たちはどこへ行った
俺は本当にそいつらを見ていたのか
真夏のような5月
神様の卵を探してばかりいた休日


海沿いの道はウンザリするくらい真っ直ぐで
どんなに走っても帰れる気がしなかった
港の近くの自販機でさっきと同じ缶コーヒーを飲んだとき
本当になにもなかったのかもしれないとそういう気持ちになった
空は相変わらずクソみたいに青く
あらゆるものが俺を目に止めるまいとしているみたいに通り過ぎていった
定期的に切り替わる信号は
退屈を退屈と思わないだけの分別を持っているように見えた


生物の気配がしなくなる二車線の道で無邪気なところにまでスピードを上げると
フルフェイスの中で誰かが囁く声が聞こえてくる
そいつはあまり楽しいことは言わない
忌々しい言葉ばかりを投げかけてくる
よう、お前はいったいどこに居るんだ、俺はそいつに返答してみるが
聞こえているのかいないのかそいつは身勝手に囀るだけだ
ガソリン・タンクの感触が軽くなり始めて
あとどれだけ走れるだろうと点滅信号の下で思いを巡らす


水平線間近の太陽は赤く
昨日の血のようにあたりを染める
平穏と断罪と浄化と処刑を、神様
そのすべての感触をこの手のひらに味あわせてはくれまいか


気の早い白い月が離れたところに浮かんでいる
まだ数日の間は雨は降らないらしい





自由詩 真昼のプラネタリウム Copyright ホロウ・シカエルボク 2015-05-11 00:19:10
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