のろいのために
片野晃司

いま目の前を上り列車がひとつ通過いたしまして、さてさてお集まりの皆々様よ、おんなののろいをみたいとお集まりで、おんなのなみだをみたいとお集まりで、ついでに死ぬおんなや殺すおんな、蛇やら龍やら見せましょか。ちょいと傘の先でホームの上に三角描けばほらうねうねと、よつんばいの改札口から鉄骨の背をずるりずるりと這いずりまわりまして胸元からのど元まで這いあがり鎌首もたげまして、おんなののろいが見たいとな、おんなのなみだが見たいとな、
いま目の前を下り列車がひとつ通過いたしまして、かわいらしくなまめかしく、そちら岸のあなたさまがたをくどきましょうか。ほらほら裾もしどけなく、ひざのあいだに剃刀一枚、はすに構えてすいと腰を下げてみたり、扇子に隠れてみたりして、手のひらをつるりとそらして上へ向ければ赤みさしてやわらかく土あたたまりまして、ほら手のひらをついっと裏返してしらじらと差し出せばひんやりと凍えまして雪、とんと足踏み鳴らしまして、扇子のひと振りでそこらの奴らをなぎ倒しまして、ぐったぐったと切り刻みまして、ついでにいとしいあのひとのはらわたかっさばきまして、思い出やら後悔やら詰まったせつない心臓あたりのすっぱい器官をいつくしみ引きちぎり投げちぎりまして、炎にあぶって塩振って漬けまして江戸前寿司に握りまして、花柄のお皿に載って何皿も何皿もレールの上をいとおしくいとおしく流れていきまして。
上り列車が通過しまして、下り列車が通過しまして、いくつもいくつも通過しまして、終列車過ぎて、次の日もまた次の日も、上り列車も下り列車も通過しまして、幾日も幾月もまつばかり、次の年もまた通過しまして、その次もまたその次もまつばかり、花が咲いてのろいまして花が散ってうらみまして、蛇になるか龍になるか、花が咲き、花が散り、花が咲き、花が散り、松のほかには雪ばかり、梅が咲いて悔いまして、桜が散って悔いまして、転女成仏変成男子、一大三千大千世界のうんたらかんたら。


hotel第2章 no.34 特集「伝統芸能にあそぶ」2014年5月


自由詩 のろいのために Copyright 片野晃司 2015-05-01 12:58:36縦
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