親父とわたしと息子
ただのみきや

一人前 たまご三個は使いたい
これは食べ盛り男子向きなのだ
たまごを割ってボウルに入れ
醤油をたっぷり入れる
過ぎない程度に良く混ぜる
どんぶり飯に乗せて食べるのだから
しょっぱいくらいがちょうど良い
コショウも少し効かせたら尚良い
好みによって七味唐辛子でも構わない
フライパンを強火で熱し
多めの油を良く回す
かなり熱い状態のフライパンに
一挙にたまごを流しこむ
しばし かき混ぜない
フライパンを揺すって卵が滑るくらい
フライパンの大きさとたまごの量にもよる
このあたりは感覚だ
まだ表面はナマの状態で
箸で 大ざっぱに 数回混ぜる
均等にとか細かくとか
ひっくり返すとか
一切なし
そして火を止める
あとは余熱だが
余熱が入り過ぎないように
あらかじめ用意したどんぶり飯
あるいは皿のごはんに一挙に乗せる
たまごをフライパンに注いでからこの間
ほんの一分か二分だろう
しょうゆ味の半熟たまごやきがたっぷり乗った
「たまごふわふわ」の出来上がりだ
紅ショウガなんか添えるとグッと別嬪さん
今のわたしにはちょっとクドイ
こどもの頃は本当に美味かった
インスタントラーメンと「たまごふわふわ」
親父が作れるごはんはそれだけだった
母親が一時入院してから
ご飯と味噌汁も作れるようになったらしい
何年か前に息子に作ってやると
すっかり気に入ったようで(食べ盛り男子)
家では「父さんのたまご丼」と呼ばれている
いつか息子も自分で作るのかもしれない
てっとり早く安上がり栄養は
バランス抜きなら十分なのだ


親父の実父は腕は良いが喧嘩っ早い家具職人だった
実父が死んだ後 父の母は父とその弟を連れて再婚した
再婚先で息子が二人 娘が一人生まれた
何故か長男は連れ子の父の弟で
親父は実母の弟の家へ養子に出された
そこには男の子がいなかったから
親父の名前は伊藤忠(いとうただし)だったが
養子に行った先の名字が只野だったから
ただのただし
ハンドルネームのような名前になった
親父は勉強が良くできて真面目だった
たぶん
他にどうしようもなかったのだろう
伊藤家の長男になった父の弟は
何でもこなす神童タイプだった
詩を書いて投稿しても入選した
父とは真逆
四十も過ぎた頃
語り部になった
おかしなもので売れに売れ
テレビに出たり映画にもなったり
やがて金でトラブルを起こし
行方を眩ました
去年長野で死んだことを聞いた(すでに死んでいた)
わたしには兄がいるが
兄には娘がひとりだけ
わたしには息子が二人(ひとりは先に天国へ)
わたしの作った「たまご丼」を食べているこの子が
結婚しなければ
あるいは子供が出来なければ
あるいは娘しか生まれなければ
親父がむりやり養子に行かされた
只野の家系は潰えるのだ
別段珍しいことではないのだろう
そらならそれでいい


息子は国立高専へ合格し
四月から釧路へ行く
五年間の寮生活
わたしよりとっくに背が高く
やっと買ってもらったスマホに夢中
わたしよりも良い男だ
唯一 生きなけばならないと自分を叱咤する
理由のもの
カンが強くて夜泣きばかりしていた頃や
平日の教会の駐車場でひとりぼっちシャボン玉をして

『 はじめはひとりだったけどー
  ともだちたくさんふーえたー
  またあそぼうね ばいばい 』

柔らかな声でひとり歌っていた幼稚園の頃の面影が
わたしにはっきりと見てとれる
恐らく消え去ることはないのだろう

『 ああ父さんは寂しくて死んでしまうかもしれない
  うさぎみたいに…… 』

口にも顏にも出さないが
父親らしいことを何か言ってやりたくて
言葉と時を捜してはいるのだが
くだらない冗談ばかり
酔った時の親父のように
酔わない自分が饒舌になっている
離れる前に
もう一回
「たまごふわふわ」作ってやろう
それくらいしか思いつかない




            《親父とわたしと息子:2015年3月4日》











自由詩 親父とわたしと息子 Copyright ただのみきや 2015-03-04 21:08:15縦
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