渡良瀬川の石
石川敬大

川でひろった
この石は
世界でたったひとつの石
と 田中正造が新田サチに語った後いく枚の暦がめくられただろう
古典的ロマン主義と反駁しても意味はないが
世界にはたくさんの川
たくさんの川原に
たくさんの石がころがっていて
どれひとつとしておなじものはない
その単純な事実だけがある

近代文明の完成形の
電車には
失くした耳をさがしあるく挙動不審の兵士がいて
帰る家がないと泣きじゃくる若い女
自暴自棄になって何度も自殺未遂する売れない小説家
動かなくなった蒼白の赤ん坊に乳房をふくませる母親
スマホから目がはなせない女学生
ネクタイをゆるめてバカヤローとつぶやく酒くさいサラリーマン
なにかを失くしたひと
なくしたことすら気づかないひとを乗せて
電車は
にぎやかな街をぬけ
時代をぬけ
いつくるとも知れない朝にむかって走っていた

やがて電車から
ひとり降り またひとり降りて
最後のひとりが降りると
電車は
寝静まった街のへりをながれる川をわたった
それが渡良瀬川であり
その川にかかる橋であった
いや わたったのはポスト近代であったのかもしれない
ともあれ煌々と灯を点した電車はからっぽで
だれの仕業か
つめたくなった座席に
ひとの替わりの石がただひっそりと座っていた


自由詩 渡良瀬川の石 Copyright 石川敬大 2015-03-04 18:44:48
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