かものはし
nonya


心地良い朝を吸い込んだら
迷子のオキシダントが
途方に暮れているのが分かった

悔しすぎて歯軋りしたら
心配性のフィブリノーゲンが
身構える気配を感じた

本当を言い当てられて黙ったら
お節介なノルアドレナリンが
貧乏ゆすりを始めた

恐る恐るキスしたのに
彼女のエストロゲンが
笑顔で後退りしようとしていた

生まれつきとんがっている
僕の唇は感度が良すぎて
余計なことまで分かってしまう
でも得したことなど一度もない

食品添加物の痛みや
窒素酸化物の苦さが
分かったところで嬉しくない
僕はクロマトグラフィじゃない

おまえは卵で産んだの
母親に告白されたのは15の秋
その時は笑う気にもなれなかったけれど
今じゃ笑い事でもないみたいだ

ただのあだ名じゃないことに気づいたのは
彼女との水族館デートの最中だった
彼女はかなりウケていたけれど
僕は水槽の前で凍りついていた

日に日に鋭くなっていく爪は
やがて彼女を傷つけてしまうだろう
くるぶしに溜まった毒は
いつか誰かの暮らしを奪ってしまうだろう

スーパーで魚の缶詰を買い込んで
僕は自分の6畳間にひきこもった
母親は今頃心配しだしたみたいだが
心配しても運命の足しにはならない

感情は簡単に麻痺してくれたけれど
部屋に差し込む西日だけは
敏感な唇に染みてたまらなかった
僕は涙のかわりに詩を垂れ流した

天井の木目は数え尽くしたけれど
キーボードはもう叩かない
ネットは溺れたがっている者と
助けるふりをする者のためにある

缶詰の買い置きが底をついた日に
僕は意を決して家を出ると
近所のつまらない橋の上から
何のためらいもなく身を投げた

体が軽くなった
誰かが叫んでいた

意識に水かきがついた
誰かが駈け出していた

目を閉じているのに何もかもがよく見えた
サイレンが近づいてきた

誰も僕を助けないでくれ
浮輪なんか投げないでくれ

誰か僕を捕まえてくれ
捕まえて水族館の名札のついた水槽に

放り込んでくれ




自由詩 かものはし Copyright nonya 2015-03-04 17:59:55
notebook Home 戻る