平和を釣る
イナエ

西の山に陽が近づいて
1日が終わろうとしていた
男は川面すれすれに延ばしていた竿をあげ
帰り支度を始めた
ゴカイを川に返し 椅子をたたむ
通りがかりの人が声を掛ける
 「連れましたかね」
 「連れませんな」
男は答ながら魚籠を引き上げ 
中の釣り果を川に逃がした
通りがかりの人は
 「逃がすのですか 折角釣ったのに」
男は答える
 「まあ 狙ったものとは違いますから」
通りがかりの人
 「大物狙いですかね」
 「まあそんなところで」
男は会話が成り立ったことに
違和感を覚えながらもおかしがった

男は平和を釣っていた
  仕掛けなど無くても良いけれど
  仕掛けがないと物足りないのだ
ひとり川に向かい 糸を垂れる
すると
男の周りを取り巻く無数の糸は断ち切られ
ただ一本の糸が川と繋がる
男はゆったりと川面を流れる雲を眺め
男の中を去来する想念
  兄姉の確執 子の将来
  会社の不満 社会の不安
を糸を通して
絶えず表情を変えて流れる川に話しかける
川は男の垂らすつぶやきを黙って聞き 流していく
こうして男の一日が暮れていく


自由詩 平和を釣る Copyright イナエ 2015-02-20 10:15:27
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