隣に住む人
夏美かをる

胸に巣食った小さな影が
あなたの時を刻み続ける
砂時計のオリフィスを
いつの間にか歪めていたのかもしれないと
あなた自身が気づいてから
あなたはきっと違う風景を見ている

そう、残酷な告知を受けたあの日から
あなたを取り巻くあらゆるものの
色彩と輪郭がくっきりと浮かび上がって
研ぎ澄まされたあなたの心が
生まれて初めて捉える
朝食に食べるバナナの、
歩道で踊り狂う楓の葉の、
娘さんのよく動く唇の、
サミーの程よく湿った鼻の、
本当のイロとカタチ

朝が来れば太陽が昇る
夜が来れば星が瞬く
そんな当たり前だったことが
実はちっとも当たり前ではなくて
愛するもの達に囲まれた
あなたの穏やかな生活は
他ならぬ奇跡の連続だったという、
純然たる事実から滴る鬼胎(きたい)を
残された片方の胸の奥深くに
そっとしまい込んで
今日もサミーと一緒に散歩に出かける
あなたの揺るぎない第一歩

気まぐれで頼りない
シアトルの冬の太陽が
すかさずあなたを見つけ、
あなたのためだけに
金色の光線をそっと差し向ければ、
ふと透けた背中に浮かび上がる
あなたの凛とした勇気―
その鮮やかな燐光が
サミーの歩みと共に
規則正しく揺れながら遠ざかって
霞にけぶる街の風景に
ゆっくり溶けこんでいった


自由詩 隣に住む人 Copyright 夏美かをる 2014-12-18 16:20:25縦
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