吉田茂のラーメン
平瀬たかのり

 本日はお待ちかねの映画館である
 空見上げれば花曇り
 いかにも上天気
 これぞ絶好のシネマ日和というもの
 イッツァビューティフルディ

 おなかはペコちゃん、まずは腹ごしらえっと
 こういうときは愚図愚図考えていてはダメよダメなのよ
 えいやっ、ラーメン屋へダイブ!

 うわっ、途端に目に入る
 我が店を紹介する記事! 記事! 記事! 記事!
 壁にペタペタ新聞タウン誌週刊誌
 ありゃまあご亭主賑やかね
 とりあえずさ
 「いらっしゃいませ」はもっと大きな声で言ってくれない?
 え、もしかしてボク今睨まれてる?
 あ、何か頼まなくっちゃね
 じゃあね塩ラーメン
 ていうかもう何だっていいわ
 昼下がりのトぺ・スイシーダ

 ご亭主は何やら難しい顔をしてズンドウ鍋を見つめておられる
 ズンドウ鍋はそうにも難しい顔をして見つめるべきものなのか
 難しいお顔にひとつ訊ねたい欲求
 ご亭主
 ペタペタ壁に記事を貼りつけるとき
 はたして正露丸をかみ砕いたようなその顔は
 いかようになるのでありますか?
 あなたの肥大した自意識を
 壁に貼りつける、その時

 ボクは思い出す
 阪急梅田駅高架下の吉田茂のラーメンを
 吉田茂が食べたという伝説のラーメン
 というわけではもちろんない
 衛生管理者の札にその名が書かれていたのだ
 ということはすなわち店主は吉田茂だったわけだ

 「ニイちゃん、吉田茂っていうんか?」
 「ええ、はい」
 「エエ名前やなあ」
 「子供の頃からからかわれてばっかりです、ははは」
 「エエ名前やがな、親に感謝せなアカンで」
 「ははは」
 「よっしゃ、そしたら味噌ラーメン」
 「はい、味噌ラーメン」
 「ニイちゃんのラーメン食べたらワシもいまから総理大臣になれるかな」
 「はははは」
 なんてやりとりはあったのかなかったのか

 ご亭主は正露丸顔のまま
 麺の湯切りを始めるバッサ、バッサ
 まるで歌舞伎の型のようでありますな
 そのままロッポウ踏んでどっか行ってしまうんじゃねぇか
 いよっ、ニッポンイチ!

 梅田高架下もずいぶん変わってしまったと聞く
 吉田茂もいなくなって彼のラーメン屋もなくなってしまっただろう
 屋号はハナから覚えていない
 カウンター五席ほどの店だった
 はっきりと小汚い店だった
 電車の音がうるさかった
 そんなに足しげく通ったわけではない
 吉田茂は今のボクより若かった気がする
 何もかもがもうおぼろげであいまいだ
 吉田茂のラーメンがとびきり旨かったこと以外は

 今日の映画よ
 素晴らしいものであれ
 塩ラーメンは
 正露丸の味がしなければそれでいい


自由詩 吉田茂のラーメン Copyright 平瀬たかのり 2014-11-21 13:02:57縦
notebook Home 戻る  過去 未来