河谷
Giton

     
───さをさすみなもに
   あをきうを

そうやって押入れの奥に挟まっていた紙を展げてみれば
かつては地図だったらしいだだっ広い切れ端の
ふちは褐色にすりきれ折り目に穴があき
宝島の地図のようだとだれかが言い

小麦のストローほどにも白くはないその紙質は
向こう側が透けて見えるほどざらざらと粗く
かつて青かったであろう水性インクの
稚拙な鉱質の曲線はいくすじにも
カーボン油脂の確かな点線を
苦しそうに辿りまた外れ
一面に迷走していた

消えかけた等高線は夢見る同心円のかたまり
古い時代の測量のいい加減さを誇るかに
ふざけて踊りめいっぱい空間を占め

踏みつけられた大きな小さな軽い靴痕は
落葉を上に纏い木質のかぼそい腕に攪乱され
裏紋様を照合することでしか脚の記憶は甦らず

紙片の中央にはおおきなくろいしみ

山椒魚のかたちの
もちろん山椒魚ではなく
いつか人口湖の建設計画を描いて塗り潰し
空想されたダムは築かれず満ちることのなかった水面に向かって

わたしたちは膝を抱え
きみとわたしは膝を抱え
日が徐々に徐々に墜ちるのを
ながめていたそうしていつまで
ながめていてもさしつかえなかった

だからわたしたちの前に谷間の家々は
鉛筆の粗雑な線の下にみすぼらしく
また幸せに放棄されてあったのだ

 (荊棘青青たり段丘崖)
 (去らんずる脚を捕らえん女郎花おみなえし
 (美男葛びなんかずらと言え)

夜のとばり降りるころ
灯りなくともただひとつ
誰灯すでもなくほっと点るとき

そうださっきから
楢の実が降っている

耳澄ませば
川すじふかく
からからと

 (気層は河谷に流れ‥)

そうだ
わたしたちへの贈り物
楢の実が降っている



自由詩 河谷 Copyright Giton 2014-10-28 10:33:45
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