ナマズ
salco

海底が隆起し水位が下がって
エベレスト界隈が空中に生えた頃
ナマズは汽水に放り込まれて
激烈な減圧に体を硬くしていた

それから雨が際限なく降り
雷鳴をも呑むほどの洪水が引いた頃
ナマズはでっかい水たまりに取り残され
淡水の浸透圧に膨れ上がっていた

今度は晴天が続いて蒸発を重ね
雲に届かぬ水たまりはドロドロに濁った
ナマズは泥を飲んでは濾し出す労苦を重ね
馴れた頃には鱗と目玉が退化していた

彼ほど翻弄された者はなく
同時に適応者もいない
体を覆うヌメリは真水の侵入を防ぎ
弱視のぶん敏くなって第六感が生えた
ピーンと来るんだ、ピーンとね

沼底は真っ暗で泥まみれだが
おナマズどもが血迷う時は秋波が届く
そんな時ナマズは、おい
俺は何でもお見通しだぜと発信する

地球がまた貧乏揺すりをしそうな時は
ヒゲの根元がムズムズ張るのだ
そんな時ナマズは、おや
大変だ隠れなきゃと尻を振って慌てる

ナマズは予知に長けるのみならず
経験を貯め込んで定義を引き出すことができる
してみると俺様は大したバロメーターだな
変動と伝導をものする碩学といったところだ

だがナマズは知らず
水面を滑る風のことを
光に踊る影のこと
足の生えたナマズがいることも
陸上が沼より広くて水中より多彩なことを

翼の生えたナマズが泳ぐ空があり
それが高く深く無窮に続いていること
直立二足ナマズが無聊を放つ明滅の点在も
それどころか月と太陽の見分けもつかず
悲観は勿論、一死で絶えぬ危惧も知らない

いつもの兆しを感知した時
ナマズは岩陰にひそんで安穏としていた
流体である水中にさしたる毀損はない筈だ
だが降り注いだナニガシのこと
塵埃や泥濘と流入し沈殿し堆積し浮遊し
飲み食いごとに貯め込む変異と崩壊も


自由詩 ナマズ Copyright salco 2014-10-15 23:00:38
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