台風とじいちゃん
salco

 第1部 じいちゃんと台風

ウロウロし出す
そっとウキウキ
ほんとはウハウハ
活性化するじいちゃん
こめかみファルスを膨らませ
『備えあれ』
コレステ憂いの血が騒ぐ
ロンサム・ジョージに似た頸の
突き出たアポーが上下する

北上するエナジー
地球の自転エナジーが
衰微の繭に魔を差すそれは
ゴッデスハンドにマストビー
ヘクトパスカル吸引に
枯れた男が目を覚ます
 消息不明の大黒柱も
  又セピアの国の野球部員
しずかな湖畔の森の時差から
小節遅れで鎌首もたげる
メガ左巻きの渦が発する
熱帯雨林のアロマのお誘い
しなびた男がシャッキリと 
 行方知れずはハッキリと
  褪せた部員モッコリと
ゾンビにみなぎるヒロイズム

HシガリマセンKツマデハ
早寝早起き隣組
受精の神秘がずれ込んで
丙種予備役・国防婦人の恥かき子
生まれて後は灯火管制、防空壕
戦中のハイを知らずに空襲だけされ
終戦を知る由もなく飢えだけ味わい
離乳食から芋の蔓
骨格まずしく肌粗く、血管もろく洟青く
出征して行くGIの神武景気を黎明に
年功序列イザナギに春をひさいだアドレナリン
列島改造、GNP、夏をひさいで脂肪肝
窓際で住宅ローンに秋をひさいだヘモグロビン
お役目どーも苦労さん、大氷河期の前立腺
悠悠自適の意気消沈、ばあちゃん没後の老い亢進
行き場失くした自己像の憧れワープ身の置きどころ
そんなこんなが甦る
俄然コソコソ甦る

「ちょっとおじいちゃん、どこ行くの」
「…えぇ?」
「またそんなの着て。外出ちゃだめよ!」
「いや、ちょっとな」
「またかい親父。やめなさいよ」
「いや、これをな」
「はがきなんか明日でいいだろう」
「そうよおじいちゃん、やめてちょうだい」
去年もまとった雨合羽フルメタル


明日じゃ遅い
用水路を見に行きたい
できればビニールハウスもだ
農家じゃないのにじいちゃんは
守る物など1こもないのに
非常事態のこの際に
押し問答を押し切りたい
せめて川を見に行きたい
ほんとは海まで行きたいが
市街地住まいのじいちゃんは
家業も家督も持たぬ身で
英雄行為をたしなみに
家族の絆を振り切りたい

じいちゃん余生は意味ないか
だから今さら生き急ぐのか
棺桶に片足とられた今日を捨て
悪臭と褥瘡まみれの明日をも捨てて
Pテカントロプス・ペキネン死ス
去年はボートで帰還した
屈強な消防隊を従えて
そして家族の涙に迎えられ
グッタリしたり顔だった
『これが狙いだったのか!』
ホモ・サPエンスはサスPシャス
おやじおふくろねえちゃんは
おれもその時思ったさ

だが違う
それは結果論だと後で気づいた
原付をヤフオクに捨て
半年のバイトをZ250に捧げるクリスマス
男だからな、靴より旅だ
女は神棚、風が先決
正月の初ツーリングで中央高速
勝沼インター過ぎてから白いセレナが煽って来た
ファミリーカーひとりぼっちがオシャレすぎるぜソシオパス
群馬ナンバーよそ行きフリースが目のあたりにする神話の域だな
寒がりの分際で年の初めにライダーいびりとは、白癬菌にも程がある
キンタマ泣かせの称号に免じて道を譲ってやるか
おれが?

路面が半透明に近づいて行く
心臓が口から出そうな快感と両肩にのしかかる恐怖
脳裏でピコピコ一発免停
この三位一体昇天ゾーンを爆走しながら
ふと
あれはじいちゃんの賭けだったのだ
濁流に軽トラが半身浴の坂下で
足を取られてガードレールにしがみつき
じいちゃんはおのれを秤にかけていたのだと
運の尽きと生命力とを

男は最後の賭けに出る
いや
いつだって最後の賭けに出るのが男だ
その時はイチかバチかで全部張る
ギャンブルは日常の安泰を担保にする「挑み」だ
By寺山
全財産や命を御釈迦に献じてナンボだぜ

「バッカじゃん?」

ねえちゃんにはわからんさ
スイーツブッフェと体重計に一喜一憂
毎日ツラに塗り絵で田園調布を夢見てる
女どもにはわかんねえ
死とのダンスが生のロマンだ

「お前ほんとに、ただのバカ」

ねえちゃんよ、残念だ
男がほんとにただのバカじゃない場合
プライド高いブスのあんた
リアル死神に、これから先も彼氏はできんぜ


同期の桜と葉桜もなく
団塊の安保闘争インポ郷愁にはオーバーエイジ
少国民の自覚もなかった世代の呼び名は何だ?
往年の企業戦士を結んでいたのは企業のプライド
組織図と業績至上の一丸達成、団体交渉
取引先の尻拭い、上司の悪口、今日の愚痴
あとは個人の利害だけ
あいつの出世に左遷の噂、題目だけの労働組合
家族の今と将来設計、福利厚生冠婚葬祭
なあじいちゃん、
同窓会には行くもんな
チームメイトの葬式と

渦巻く暗雲、横なぐりの雨
同行一人この地球上
ガチで何かと対峙したい
老い先みじかいパッションは
しおれた筋力、手薄な骨密度を供に
かすんだ視力と濁った判断力を武器に
若干の内科所見も振り捨てて
関節と軟骨の軋みが嫌がるのも聞かず
身を投じるのだ冷や水へ
ドン・キホーテの奔流へ!

黒の合羽が押し戻される
よろよろと電信柱へ手を伸ばす
逆巻く風と叩きつける雨の中
おれはベランダで声を限りに
 じいっちゃあーん!
   ガンバレエッ!
この雨風とあの聴力じゃ聞こえはしまい
そして誰にも見えはしない、飛沫が洗うこの泪
の裏の教えたくない後ろ暗さも、おれは絶対忘れまい
ついて行ってやりたいが
いや、最低限ついて行くべきだが
目下のバイクだけじゃなく
やりたい行きたい知りたい次元が
知りたくもない事さえ山と待つわけで
ごめんなじいちゃん
 じいっちゃあーーー
あ。


 第2部 じいちゃんと「この道」

ちょっと早すぎだろー
空気読めてねえな
だな、おやじには守る責任がある
すんなり引き剥がされた
抱えられて戻って来る
じいちゃん、情けなく思っているかな
自己嫌悪でまた老いぼれたらどうするよ
その辺考えてねえからなクソおやじ
おれが何げにフォローしてやらないと
じいちゃん、
台風はまた来るさ❤

部屋に引き揚げようとして
門を入ったおやじと目が遭い
咎めの恥が胸に刺さった
脱ぐも惨めな水びたしを蹴り上げ
屑かごストンプしてイスを蹴り倒し
枕を叩っ殺して引っぺがしたシーツで体を拭いた
着替えてじんわり温まって来ると
ちょっと違う気もして来て。
こっちを見上げたあの顔の
心の中なんかわかりっこねえから
高みの見物を決め込んでいた息子のおれを
チラ見した目の奥にあるキャラという前提
人物性を手がかりに
バックグラウンドから意図を推測してみる

うっすーい近景の折々
反応体でしかないおやじの姿から遡り
おれが幼稚園や小学生の頃いた沢山のデイリーな
と同時にイヴェントの主催者、中心であり化身でさえあった表情
忘れていたエピソードの多彩な音声、大きな温もりの反照
そしておれが知る以前のおやじから一青年を想った時
速攻で誰も知らない一少年に辿り着く
全き一本の線
そこにさっきのおやじを重ねてみると
沈黙の外皮と鈍重な体積の下
細いが分岐もよじれもなく繋がっている
それは内なる時空をつらぬく軸
多分、命脈と呼ばれているものだ
そう、おやじもわかっている
自分が通り、息子が通る
じいちゃんが戻ろうとした道のこと
魂をつらぬく一本の
男道。
ぐおお…
じいちゃん、、、
よかったな

♪この道はいつか来た道
 ああ、そうだゾウさん
 長さよりも太さとテクだよ

そうだ、


 第3部 じいちゃんと旅

連れて行こう
手始めは箱根かな、温泉あるし
秋は日光もいい
あ、いろは坂ヤバすぎ
遠心力かかるしバックレストねえし
老人福祉の観点的には虐待に近いかも。
まー理想ハーレーでサイドカーだけどなー!
なこと言ってたらとっくに故人だし。
近場でいっか
近場ってどこよ
奥多摩? だせーな小学生の遠足じゃあるまいし
相模湖? 何かあるか?ラブホとゴルフ場以外に
湘南方面はタブーだろー、オサレだし親不孝のメッカだし
まーいいや、明日から練習だ
いや路面が乾いてから

しかし絵ヅラきめえよな
ケツにジジイの状況以前に
酔狂がまず世間的にありえねーよなあー
映画とか通俗小説にもないだろ?
それはつまり、設定心理として陳腐すぎるからだろう
コントか。………ドランクドラゴン?
塚地と鈴木拓ねえ
カタルシスあるか?この笑いに
第一落としドコロねえべや、ステージじゃなくて公道だもん
これは、じいちゃんの体力以前におれの羞恥心が試されるわけだ
どうかな。
うーん……
いや、
まー、
ままままままま、まあ
まーいちおう話だけはしてみると
んで、もし話に乗ってきた場合
話し方に十分注意しても万が一、乗り気になっちゃった場合
何とかはぐらかしてもマジで乗せなきゃなんなくなった場合はだ
どうする
メットは自己負担だよな最低限
いや、おれの心の準備をどうするかだ


自由詩 台風とじいちゃん Copyright salco 2014-09-22 23:31:02縦
notebook Home 戻る