レモン葬
こしごえ

レモンの青い葉の
そよそよささやくななめしたにある木陰が
独りの影に重なりつらなり
古い灰色の木製の椅子に座り
宙を見つめている無限に
くりかえされる喪失は
だれにも知られることはなく
青黒い小石のように
遠く沈黙して空ろだ

風色の映るガラスの風鈴の鳴る真夏
なんの気配もしない小道から小道へ
天秤棒をかついだ金魚売りが
つやのある波うつ声をはりあげながらしだいに消える。
電柱の視線のすみにあるコンクリートの空き地で
異次元への入口のような
陽炎はゆらぎ
小首をかしげる

おわかれですね

独り言をつぶやいた袋小路
ブロック塀で閉ざされた
正午を回ったほの暗い空間の地面に
引力で結ばれた無数の気泡を宿らせて
青緑色に透けている
ビー玉が忘れ去られ
ほんのすこし光っている。
塀のむこうがわにレモンの青い葉が見える

いずれ雲は
自然へ帰る
亡骸の
火葬された煙をふくみふくらみつづけ
肌をたたくおおつぶの雨となり
雨水は雲影におおわれた庭の土にしみこむ
その時独りの影も
庭で椅子に座ったままさびしげに目をふせてぬれた

宿無しの風はふりむかずに灰色の椅子と
それに座っている肌をなぜていき
風鈴の音がひびくなか雨が上がる
空にのこった雲はゆったりとつぎつぎに流れてゆき
洗われて 清んだ空は笑みを零す
零された光は雲間にみちあふれて
失われつづけた いのりは重くよみがえる

秋も深まるころ
独りの影といっしょに
時を見つめる静かなものは
やわらかな日があたる縁側に座り
庭の まだ青い葉をながめてから果物ナイフで
青いレモンの果実を厚めの輪切りにしていくと
そよぎ光るレモンの香りがあたりに広がるのを見届けた















自由詩 レモン葬 Copyright こしごえ 2014-07-30 09:06:16
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