夢、一夜
橘あまね

涙をくみあげる ゆびさきの淡い痛みが枯れるときは来ない
かぎりない往復は いくつもの色で潤滑されて
かなしみの精度をふやし
五官のうつせみにくりかえされる干満
光のない静寂には 距離をはかるのをあきらめて
病んだつばさを休める 鳥たちのうつろな目がつらなる

人知れぬ森の奥底では
空を待つ火種のとぎれとぎれだけが頼りで
いつの間に迷い込んだのか
くらやみに息をこらしても 地面すら欠けているようで
すべて疑わしい鎖を課せられて ぼくの身体は本当に重い
目的地があるとしてそこはだいぶ遠いのだろう
くるおしい時制が渇きをあたえ
未遂の罪を置き去りにして道をいそぐけれど

なくした予感を愛しんで ふりむくことは許されない
神経を模したほそい糸をたぐるために
あたらしくつくられ
歌をききとるように
呼吸する白い花たちの
汚れのないまなざしが
高熱とおなじにおいの
海をはらんでいる
波の音が
じきにきこえる


自由詩 夢、一夜 Copyright 橘あまね 2014-07-11 09:16:43縦
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