少年の話
小原あき

生まれたときにもらった種に
水をあげようと
じょうろに
たくさん水を汲んでいた
少年がいました

だけど、少年は
水を汲んだ帰り道に
少年と同じように
植木鉢に水を欲しがっている
おばあさんと出会ったので
じょうろの水を
全部おばあさんにあげました

からっぽのじょうろを抱えた少年は
夕日を見ながら
明日、また汲みに行こうと考えたのでした

次の日は
可愛い小さな女の子にあげました
その次の日は
同じくらいの年頃の男の子にあげました

赤い夕日の中
いつもからっぽのじょうろを抱えたまま
明日、また汲みに行こうと
少年は考えるのでした

少年の植木鉢の土は
さらさらに乾いていました
だけど、少年はずっと
帰り道に出会う人々に
水を譲ってやるのでした

そうしているうちに
少年は
いつの間にか
お父さんになっていました

お父さんになった少年は
自分の子供たちが生まれたときに
手の中に握っていた種を
植木鉢に埋めてやると
子供たちが大きくなるまで
代わりに水をやってやりました

じょうろに水を汲みに行くのを朝にしました
朝にすれば
帰りに誰かに会って水を譲ってしまっても
もう一度汲みに行けるからです

そうして
子供たちが大きくなるまで
毎日毎日
子供たちの種に水をあげました
たまに妻の植木鉢にも水をあげました
だけど、
とうとう自分の植木鉢に
水をやることはなかったのです

忘れていたわけではありません
みんなが喜ぶのが嬉しくて
つい、自分の植木鉢の水を
譲ってやるのでした

そうしているうちに
お父さんになった少年は
いつの間にかおじいさんになっていました

子供たちも大きくなり
自分で自分の植木鉢に
水をやることができます
子供たちの植木鉢には
それはそれは綺麗な
あの赤い夕日のような
大きな花が咲いていました

いつものように
妻の植木鉢に水をあげていると
それまで見事な薄紅色に咲いていた花が
ぽとり、と落ちました

急いで妻をさがすと
おばあさんになっていた妻は
眠ったように死んでいたのでした

おじいさんになった少年は
いつまでもいつまでも
心の中で泣きました

子供たちの前で
泣くことはいっさいしませんでした
ただ、ひとりになったとき
すこしだけ
ほほに涙を落としました

おじいさんになった少年は
すっかり自分の種のことを
忘れてしまいました

とても大切にしていた妻が
いなくなったからでした

それでもおじいさんになった少年は
もうだいぶ年をとっていたので
朝に水を汲みに行くことはできませんでしたが
毎日水を汲みに行きました

そうすると
必ず帰り道に
誰かに出会うのです

水を必要としている誰かに

その人たちとお話しをするのが
おじいさんになった少年の
唯一の楽しみになっていたのです

おじいさんになった少年の
子供たちには
まだ子供がいませんでしたし
子供たちもまた
自分たちの暮らしで手がいっぱいで
おじいさんになった少年の
相手ができるほど
余裕がなかったのです

おじいさんになった少年は
それでも寂しいとは言いませんでした
いつもにこにこ
誰かに水を譲るために
よぼよぼの身体で
水を汲みに行くのでした

ある日の朝
おじいさんになった少年の子供が
おじいさんになった少年を
起こしに行ったとき
おじいさんになった少年は
眠ったように死んでいたのでした

おじいさんになった少年の子供たちは
盛大なお葬式をしました
子供たちがそうしたのではありません
今までおじいさんになった少年に
水を譲ってもらった人たちが
続々と葬儀に参列したのでした

そのときみんな
おじいさんになった少年の種に
水をあげたのです

それはそれはたくさんの
涙でできた
きれいな水でした

すると
今までかさかさだった植木鉢の土が
みるみる潤い
小さな芽がすぐに出てきました
芽が出たと思ったら
みるみる大きくなり
空まで届きそうな高さにまで伸びました
そして大きな大きな太陽のような
黄色の花が咲きました

そして、その花は
いつまでも枯れることなく
みんなを照らし続けているのです






自由詩 少年の話 Copyright 小原あき 2014-06-13 14:15:21
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