透明な声
まーつん

 水は、万象の旅人

 生き物の身体は
 彼等の泊まる、仮の宿

 水よ

 お前が
 笑いさざめくのは
 春の林床に降り注ぎ
 小川を結び、走るとき

 お前が
 咳き込み咽るのは
 都市の隘路に迷い込み
 産業の垢に、塗れるとき

 お前が
 居住まいを正すのは
 ついと木の葉の縁を伝い
 乾いた舌に、降り立つとき

 命を育む羊水として
 母の胎に波打ち

 黄泉への導きとして
 溺れる者の肺腑を満たし

 聖なる清め手として
 信ずる者の頭を濡らし
 穢れを洗い落とす、水

 そう、お前は
 とことんまで
 汚れることもできる

 どこまでも
 堕ちていける人間を
 どこか、彷彿とさせる姿で

 流血となって泡立ち
 澱みの中で腐り
 汗となって飛び散り
 泥となって跳ねる

 時に、総てを押し流し
 地の表を覆うとき
 澄んでいた筈の
 お前の身体は
 破れた夢に
 染まって、濁る

 だが、お前は、美しく
 装うこともできる

 どこまでも
 気高くもなれる人間を
 どこか、彷彿とさせる姿で
 
 陽光にさんざめき
 月明りに瞬いて

 時に、
 寒さに凍てつく
 氷の剣となり
 冷たい世に切りかかり

 空が授ける
 白い毛布となって
 温もりを奪う

 そしてお前は、
 運び手にもなれる

 たとえば命を

 この星の初めに
 銀河が託した遺伝子を
 お前は海となって
 何億年も抱き続けた

 差し出されたら
 くるみ、溶かし、抱え込み、
 雲となり、雨となり、河となって
 この星の、あらゆる場所を旅して回り…
 そして必ず、私たちの元へと、還してくれる

 甘いものも、苦いものも

 杯に揺れる
 美酒となって
 忘却をもたらし

 頬を伝う涙となって
 悲しみを包みこみ

 土の染みとなって
 姿を消すお前、

 この世で最も
 柔らかな手触り


 水よ


 うだるような暑い
 夏の昼下がり

 何処かの家の
 蛇口から
 注がれるとき

 器に受ける
 者の耳に
 届くだろうか

 ただいま、と告げる


 お前の声が












自由詩 透明な声 Copyright まーつん 2014-04-23 10:07:00
notebook Home 戻る