ガラスのかけら
青色銀河団



外は雨。







窓のガラスに幾粒もの涙が
透明な線を斜めに描いていく。





ベッドの上からその景色を見上げていると
左手がやさしい感触に包まれた。






夜の部屋。
原野 夜(はらの よる)。
あたしと同じ16才。











きのう会ったばかりの男の子。







風子ってちいさくてかわいいけど
手もほんとちっちゃいんだね。
でもね握り心地がすごくいい。







耳元で夜の声が少しくすぐったい。










部屋のなかは朝だというのに薄暗く。
乳白色。



時計の秒針が止まっているかのような。








やさしく。








ぬくもりがあって。







くすぐったい。







そんな時間。








ねえ風子。

『知る』って『思い出す』ことだと思わない?




夜があたしの手をそっとにぎりながら話しはじめた。




こうやって昨日まで知らなかった風子のことを
今日ぼくは知ってる。






きっと目に見えるものよりも
大事なことはたくさんあって。




それはけして言葉にはできないことで。
知っているけど思い出せないことで。




たぶん『よく生きる』ってことは、
『よく思い出す』ことなんだと思う。










夜はそこでいったん口を閉ざす。






やさしい雨のおと。









『すでに知っている』ことと
『まだ思い出せない』こととのあいだに
ぼくらはいるのだと思うんだ。





だから、君が話してくれた
舗装道路の美しさも
梢の美しさも
風の色も
君のママのことも
ぜんぶ
『すでに知っている』ことと
『まだ思い出せない』こととの
あいだのあることなんだ。





夜が言っていることは
何だかむずかしくてよくわからないけど
何となくはわかるような気がした。








きみが見ている風も、
ちゃんと見ようとすると見えなくなってしまうだろ。

正確に色や形をとらえようとすると
どこかに消えてしまう。








すべてはまったく同じなんじゃないかと思うんだ。
よく見ようとすると、見えなくなってしまう。




でもね、見ようとさえしなければ
見えてくるってことを、
ちゃんと覚えていれば大丈夫。






うん、何となく、わかる。







一番いけないのは、
よく見えないからといって、
見ることをあきらめちゃうこと。
見ることを忘れちゃうこと。
見えないものはないものだと信じてしまうこと。






大抵の大人がそうだと思うよ。
大人になるってそういうことだと
大人たちは勝手に思い込んでる。



けど、それはまちがいなんだ。





見えることなんて
全体のほんの一部にしか過ぎないのにね。











少なくとも君と僕は
『すでに知っている』ってことをまだ覚えている。


『思い出せないけど、知っている』
この感覚が大事だと思う。





きみもぼくもきっと何も学ばなくても
すでにぜんぶ知っているはずなんだ。

だってほら。






夜の顔が近づいてきた。








夜の長いまつげ。








とても きれい。









夜の薄色のひとみ。







とても きれい。








夜のくちびる。




















あたしに。











夜が。












満ちてくる。
























長い抱擁のあと
まどろみのなかで
思っていた。


そう、たしかにあたしは夜を知っていた。







ぼくらは、不自由だし、
ぼくらは、窮屈だし、
ぼくらは、惨めだ。

本当はこの世に幸福な子供なんて
ひとりもいないと思う。







夜はさびしそうにつづけた。








大人は、不自由だし、
大人は、窮屈だし、
大人は、惨めだ。
本当にこの世に幸福な人なんて
いないのだろうか。








あたしはまだほんの子供で。
でも大人たちがいつでも間違っているのは
あたしも知ってるよ。




そういってあたしは夜の髪にきすをした。










少し悲しい気持ちになったけど
あたしたちは白いいちにちを
その部屋でずっと過ごしたのだった。






自由詩 ガラスのかけら Copyright 青色銀河団 2014-04-16 23:05:48
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