怨
草野大悟2
今でも憎しみの気持ちを持っている。
8年前おれたちの生活を破壊した医者に。
奴は、手術が失敗する確率は1%
はっきりそう言い切った.
だからおれたちは手術を決めた。
おまえの右前頭葉にできた良性髄膜腫の手術は
この言葉で始まった。
手術が終われば三〇年続けている絵画展を
正月に開催する予定で案内状も送付した。
決戦の日、頑張る
との書き置きを残し
おまえは手術室に消え
それっきり
人間であることを奪われた。
ベッドでの毎日がおまえの毎日になり
胃瘻での食事がおまえの食事となり
手や足がねじ曲がり、あるいは尖足し
喋ることもできなくなった。
医療過誤での訴訟には多くの困難があった。
弁護士が見つからない。
執刀医の大学病院助教の手術の過失を指摘する医者がいない。
だれもが無理だと言った。
金もなかった。
全国大学病院の脳神経外科医の繋がりは極めて狭く
妻になされた手術を「過失あり」と判断する医者はなかった
というよりも
弁護士を通じてしか過失を問うことができず
意見を求めることもできなかった。
妻は
ずっと体操の選手だった
いつも笑顔の素敵な女の子だった。
その妻を身体障害者1級にした大学病院の医者を
おれは絶対に許さないし
おれたちの人生を根こそぎ奪って
平然としている大学病院という組織を
絶対に許さない。
うー、といううなり声が聞こえる
あんなに晴れやかだった
妻の声である。