亡国の指先
石川敬大



 枯色の空洞をのぞく
 と、もうひとつ空洞があって
 にげてゆく
 母国には顔がない
 まぼろしの、川がない


 オルガンの音がひびく鍵盤の荒野でこごえた兵隊が
 身をよせあって俯いている
 音符が西風にカサカサふきはらわれている
 ほこりまみれの旅装の兵隊は虫の声音
 ほろほろほつれて
 残らず無音に帰ろうとする


      *


 ハサミをふるい地層につきさす
 と、はげしかった
 戦闘の日の土埃と火薬のにおいをかぐ
 つかれ切った虫たちを
 あの夏はどうしてそんなにも急きたてていたのか


 ほろびるべきものがのこらずほろび
 自壊する自然は瓦礫という木片の大河に
 まぼろしの川に背をむけた
 蘆原で
 身をおこした兵隊をのせた鋼鉄船が出航する
 弓なりの
 島の湾岸から
 きらめく夜光虫を配した
 メタリックの海の
 漆黒の岬をまわり
 ふあんな舳先を手折って逝く


 亡国を生きる
 こごえる荒野のオルガンにも
 ショパンに似た繊細な指先がほしい






自由詩 亡国の指先 Copyright 石川敬大 2014-03-06 18:38:12
notebook Home 戻る  過去 未来