海を見る
梅昆布茶

家の前の道路を右にずんずん進んでゆくと
やがて海に辿り着く

幼い僕にとって海は未知の世界の
不安や驚異の象徴
大きな不思議な地球の水たまりだった

僕の中学の夏休みは海の生活だった
手製の木のボードで波と戯れ
岩場でイソギンチャクや小魚や蟹に面会し
海牛やアメフラシはエイリアンだった

営業で地方を回っていた頃も波音の聞こえる宿を選んだ
館山や木更津
銚子の灯台と岬に郷愁さえ覚えたものだ

海洋の深みには闇と希望がある
ひとの心にも似て
名も無い未知の生命がひっそりと充満している
やはり宇宙の一部なのだとおもう

それはマゼラン雲の輝く南半球の
オセアニアやジブラルタル海峡

南十字星やカノープス
こころはいつも成層圏を
旅していたのかもしれない

音楽はあるいは詩や文学は
生命を紡ぐ糸なのかもしれないとおもう

様々な縦糸横糸の格子に
僕たちの日々の生活や感情が展開されて
唯一不二の模様をなす
まるで雪の結晶に永遠に同じ形が無いように

たとえばブルースのインプロビゼイションに
撃たれる僕はよく深さもわからない進化の系統樹のなかで
やはりアフリカの母の血に繋がっているのかともおもう

歌舞伎や能楽
伝統的な様式美
それも素敵なのだ

すべてに意味がありあるいは無くても
あるいは徒労の集積だとしても
たぶん生きてゆく

もうロックンローラーにはなれないが
僕であることはできるとおもった
それは僕でなくなることかもしれない

海を見た日
僕は宇宙に繋がっていた


自由詩 海を見る Copyright 梅昆布茶 2014-03-01 22:42:29
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