記憶
草野春心
街路樹が震えている、冬
あらゆるものに札がつけられた
ふりはじめた雪に、砂糖菓子に さびしさに……
水切り台に置かれたきのうのウイスキー
それに口をつけるとあなたは
首のながいセーターをかぶって部屋を出ていった
わたしはベッドに腰掛けてそれをただ見ていた
もしこのまま
あなたが帰ってこないとしても
色あせた長い髪の毛はまだ わたしの唇に絡みついたまま
(それもまた、
わたしのこころに貼られた一枚の札)
あなたはここに あなたの瞳をわすれていった
一頭の小熊がその中で身をよじり 栗色の体毛を繕っている
あなたはここに あなたをわすれていった……
街路樹が雪に染まってゆく
冬、
あらゆるものにぶら下げられた透明な札を
冷たい風が揺らしている
その音はいつまでもわたしに あなたを思いださせるだろう
もし このまま あなたが死んでしまっても