つづら坂
ワタナベ

つづら坂のてっぺんが赤く燃えて
曲がり角のそれぞれに暗がりが生まれる
それがくねくねと蛇のように眼下の町へ
影法師が一組
手前の角の煙草屋の暗がりからあらわれて
穏やかな夕日にそっと目を伏せると
そのまま背後のたそがれの中に溶けていった

煙草屋の軒先にうずくまった暗がりから
誰かが手招きしているような気がして
たずねてみると名前が欲しいと言う
それは私にとって
必要のないものに思われ
私は彼にくれてやった
すると今度は名前を呼ぶ声が欲しいという
私は彼に乞われるままに
次々に私を暗がりにくれてやった
彼は私に礼を言うと
やはり背後の夕日の中へ溶けていくのだった

やがてなんにもなくした私は
彼のいた煙草屋の軒先に腰をおろし
暗がりで
誰かが通り過ぎるのをじっと待っていた
時間はろ過されたように
一滴一滴ゆっくりと世界を染めて
頭上から群青が深まり
そして
暮れて
煙草屋の軒先にうずくまった影
だけが残って
静かだ

うずくまった影が
さっきまで心だった場所に
暮れていったつづら坂の情景を
焼き付けようとしている


自由詩 つづら坂 Copyright ワタナベ 2005-01-09 20:22:14
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
■ 現代詩フォーラム詩集 2005 ■