もらい乳
そらの珊瑚

ばーばに手を引かれ
ゆるい坂道をてくてくいけば

「コカ・コーラ!」
わたしは畑に捨てられていた瓶を指さして叫ぶ

ママ、という言葉は知っていたけれど
ママ、と呼ぶ対象がいなかった
日々蓄積されていく
闇鍋さながらの言葉のうずのなかで
混沌から素手で拾い上げるかのように
供物であった 高々と差し出した音は
「コカ・コーラ」

生まれて初めて
しゃべった言葉が
「コカ・コーラ」

黒い流体
得体が知れなくて
発泡しながら喉の奥をひりつかせていく
乱暴に愛撫するように
だって工場生産だから
母性なんかなくったって
子は産める
グラマラスな硬質ボディの本質
呪文のような
「コカ・コーラ」

夏の終わり 
逃げ水にゆらぐ鶏頭はますます赤く
太陽は水素爆発の手綱を緩めない
地に落ちた蝉に
麦わら帽子をかぶせた
名前を刻まない墓標として
今度生まれてくるならば
ピッコロみたいなモノガタリを響かせる声を下さい
祈りは届かなくたって
祈り続けることが大事
無駄な祈りはひとつもない
それが
真摯であるのなら
音符は産みだされ
羽は再生され
曲を奏でることだろう

蟻の軍列パレードがゆく
生殖という冠をかぶった(かぶらされた)女王に忠誠を誓い
貢ぎ物を運び続ける
コカ・コーラのマーチが終わるころ
牛舎についた
どこか懐かしいような獣の臭いに
体ごと抱き込まれるような気がして
慄き、思わず息を止めた

ばーばは一升瓶を捨てたりしない
それは繰り返し
牛の乳が注がれるものだから
実らない母性がフル回転している
実らせないよう仕組まれた母性がじゃぶじゃぶと搾取されている
わたしは
ほんとうは牛の仔
抗うことを放棄した
かなしい眼をした黒い顔の母がいた
白い乳はほのかに甘く生暖かく
喉の奥を慈愛で浸らせて
今も
私の一部でごくりごくりと反芻されて生きている



自由詩 もらい乳 Copyright そらの珊瑚 2013-08-06 07:01:18縦
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