ほむらやまい
佐々宝砂

真夜中の校舎がいきなりスライドした。

なんのことかわからなくて目をみはる。
見覚えのある建物はすでにそこにはなく
見たことのない建物がそこにあった。
そこに行かねばならないとわかっていたので
歩いて行った。

幽鬼の淡青をまとったひとびとが
幽鬼のように歩いていた。
わたしのように歩いていた。
けれどわたしは彼らとは違って
けれどわたしはそれを隠しておかねばならなかった。

彼らとは違うということを
絶対に悟られてはならない。
けれど彼らに紛れて歩いて行かねばならない。

どこへ?
このわけのわからない
工場とも学校ともオフィスビルとも見分けがつかぬ
無機物でありながら有機的に増殖してゆく
このわけのわからない建物の
いったいどこへ?

それはどうしてもわからなかった。

身を隠しながら進んでいった。
芝生が夜露に濡れていた。
幽鬼の淡青がそこここにきらきらと光った。
腐臭が漂っていた。
彼らはみな正しく死んでいた。
うつくしいとおもった。
しかしどうあがいてもわたしは彼らではなかった。

手を握りしめる。
痛くなるほど握りしめる。
わたしの手のひらはぎょっとしそうな緋色。
決してうつくしいとは言えぬ生の色。
血液の色。
見られてはならぬ。
悟られてはならぬ。

建物に入り込み
白塗りの狭い階段を進む。
どこかに仲間はいないだろうか。
緋色の手のひらを持つわたしの仲間が。
ひとりでいい。
たったひとりでいいから。

廊下の突き当りに重そうな扉があった。
冷凍室とあった。
鍵はかかっていない。
ぎい と開けた。

冷たいはずのその部屋の中央に
輝かしい緋色のヒトガタがあった。
ほむらやまい。
そのヒトガタが口にしたのか
それとも単にわたしの思いつきだったのか。

他にどうしていいかわからなかったから
しかしそれしか方法がわからなかったから
手を伸ばした。

友よ。

ヒトガタは燃え上がり
燃え上がり
ヒトガタではなくなり

ほむらやまい。

友よ。

わたしはまだそこに行きつけない。
しかしわたしは見た。
緋色に燃え上がるヒトガタを。
ひいろ。
醜い色。
月経の色。
しかしこの冷たい幽鬼の世界にただひとつ燃え上がる
生命の色。
固く握りしめていた手をひらく。

これがわたしだ。
これがわたしの色だ。



#蘭の会 2013年7月「緋色」
# http://www.hiemalis.org/~orchid/public/anthology/201307/


自由詩 ほむらやまい Copyright 佐々宝砂 2013-07-24 13:04:40
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