海まで遠く離れている
佐東
*
潮の香が
心地よくいざなう午後は
大抵の白い壁に
透明のバス停が浮き上がっていて
そこには潮流の到着時刻が
【珊瑚時】
【シオマネキ分】
【ゾエア秒】
海洋性の点字で記されていて
次の夕立には
溶けてしまうそうで
乗り遅れないよう
指さきで辿ってゆく
夕顔の咲く音をたよりにして
*
(不可視の潮音
舌の上であそばせて
南へ向かうバスを待つ
鳥)
*
駅前のバスターミナルで
水分を失って
しわしわになっている夏を
拾ったことがある
冷蔵庫の中で
静かに寝かせておいたんだけれど
次の朝
息も絶え絶えに
満ち潮を見せて下さい
と懇願された
あいにくと
海へゆく便がなかったので
浴槽に少し温めのお湯を張って
食塩を溶かし込んだ
ほら
君の海だよ
声をかけると
安心したように
眠りについた
あれは
いつの夏のことだったか
*
(夏の音を聴いている
指を折り
波の来歴を数えている)
*
去年の夏
遠浅の子どもを
さらってきてから
ずっと
ポケットに隠しておりました
歩くたびに
みゅうみゅう、と
音がするのは
背をまるめて泣いている
砂の声です