どろたぼう
佐東


けたたましい山羊の蹄が頭上を通過する
夕べの取引先からのメールが
全て獅子唐に変わっていた朝だ
二、三日前から不穏な空気が送電線を伝って来て
この朝の微睡みの中
それは形づいていったんだ
(最初は妻からだった、話す言葉の端々から玉葱の薄皮が見え始めたんだ。)

兎に角 朝だ
早くから取引先の人に会わなくてはならない

私は
壁紙を次から次に食い散らかす山羊どもを部屋の隅に追いやると
床いっぱいに広がっている西瓜の若芽に足を取られて体勢を崩してしまった
咄嗟にドアノブを掴む
ぐにゃりとした椎茸の傘の感触
振り返ると
かつて私のベッドと呼ばれていたものは牛になっていた
もー と鳴く奴だ
眼が合ってしまった
私は軽く会釈をする
牛は草を食んでいる
草に見える若草色のカーペットの生地かもしれない
のんびりと反芻している
もー!と鳴く
私がもー!と泣きたい

諦めた笑みを浮かべながら
すっかり棚田へと変貌した階段を足早に下へ
するとキッチンの妻の
「炊飯器の中が葡萄棚だわ、これじゃ朝食が用意出来ないじゃない!」
ぼやく言葉は完全に玉葱と化していた

朝食を諦めて締めたネクタイがかんぴょうに変わっているのも気にせず
車のセルモーターを回す
が うんともすんとも言わない
それもその筈
車のエンジンには琉球朝顔の蔓がびっしり絡まっている




はいはい
わかりましたよ
負けました祖父ちゃん

次の月命日には芋焼酎を一合半供えるから

あーそれと
ほら
一番重要な事
祖父ちゃんに黙って勝手に田んぼと畑を売っぱらった父さんをとっちめといてあげるから

いい加減にして下さいよまったく


それから もう一つ

娘の背中にチューリップを生やすのを止めてくれませんか?

あんなに可愛がってた曾孫でしょ?




自由詩 どろたぼう Copyright 佐東 2013-07-03 12:49:25
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