たった一人のこの部屋で
梅昆布茶

壁にピンナップされた僕らの写真を見ている 時々締め付けられるように過去が蘇るのだが
時間の不可逆性は 僕の味方ではないようだ

一人静かに時を消費することにも慣れてしまった もちろん本意ではないのだが
孤独とつきあうのがうまくなったかもしれない もともと孤独な性癖だったから

幼稚園の入園写真や 運動会の写真

そう言えば亡き母のアルバムに貼ってあった姉と俺の写真
セピア色で 姉はしっかり者 僕はひょろひょろに映っていた

でも貧しいながら寄り集まって 北海道で生きてきたんだ

時代という風のなかを寄り添って生きてきた気がする
いまは亡き若き日の母が 僕らと食卓を囲んで微笑んでいる

零落した地主であったらしい母の実家にも いまは亡きバイオリニストであり化学者でもあった叔父の 税理士であったその兄の 生涯独身をとおした叔母の 気配をいまも感じる

商家であった父の実家で母と父は縁をもったらしいが すべては霞のように遠い
その遠景のなかに 僕と妻と三人の子供が重なる

三人ともに分娩に立ち会った なんだか血みどろの肉塊が ほぎゃーとこの世の第一声を発する
一人ひとり産まれた時から 見目かたちは違うもんなんだなあって思ったものだ

長男は僕に似ている おっとりして不器用でちょっと神経質だ
次男はけっこう天衣無縫 母親似かもしれない 発想が豊かな子だ
三男も僕に似ている なんだかいるんだかいないんだかわからないんだけれど
自分の好きなことを 物静かにやっているようだ

いつか僕も誰かの遠景になるのだろう せめてあまり邪魔にならない遠景であって欲しいのだが

風は時代を引き継いでゆく それは自然な摂理だ 誰も抗えないもの
時は蓄積された記憶を いつか風化させ 拡散する

家族の記憶も いつか古びて いつか自分は離脱してゆく
もうすでに 僕の記憶は 子供達にとってずいぶん薄くなっているはずだ

それでいいとも思う 僕は宇宙に還る いつか星屑に戻りたかった
それも遠くないいま それでも家族を想っている

たった一人のこの部屋で






自由詩 たった一人のこの部屋で Copyright 梅昆布茶 2013-06-18 20:47:34
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