名詩『夕焼け』の娘の感受性
夏美かをる

何故自ら受難者になる必要があるのか?
四度でも五度でも席を譲ればよいではないか!
そして今日は沢山の人を助けられてよかった、と
胸を張って夕焼けを見ればよいではないか!

満員電車の中
三度目押し出されてきたとしよりに
席を譲れなかった心優しき娘
美しい夕焼けも見ずに
下唇をキュッと噛んで
体をこわばらせていた娘の気持ちを
どうしても理解できなかった
あの時の私

教科書に差し込まれた文学作品はどれも
大人達によって冠された‘正しさ’をちらつかせ 
私の読解力を値踏みする‘権威あるもの’だったし、
先生が畳みかけた解釈はあまりにもそつがなく
黒板の枠内にきちんと収まる完璧な四角形をしていた

いわゆる優等生カラーの制服の中に
自分を閉じ込めることによってしか
自身の存在価値を護れないでいた私は
大学ノートのまっすぐな罫線上に写し取る文字の隙間から            
いつでも勝手に飛び出してしまう自分の感受性が
疎ましく、また悲しかった

あれから30年余りが過ぎ
『夕焼け』の娘と同様の生真面目さと不器用さを
そうとは知らずに持て余していた無口な中学生は
白髪と皺がしっかり目立つ無駄口の多いおばさんになったが、
相変わらず‘娘’の気持ちは分からない

しかしながら
皮下脂肪と一緒にたんまり溜めこんできた
もろもろの酸っぱさや辛さが教えてくれたことが幾つかある

まず
あの頃の私の感受性も
今の私のそれも
決して間違ってはいないこと
娘の気持ちが分からなければ
分からないでよし!
分からないことが、誇るべき私の感受性!

次に
教科書や先生でさえも絶対的ではない!ということ
ものごとの意味や価値を決めるのは私自身
他人が定めた基準で自分のものさしをこしらえたって
正しい長さは測れない
私自身の目で見、耳で聞き、心で感じたことのみが
守るべき私の真実

そして
吉野弘という人は
とても素晴らしい詩人だということ!
それは、私自身の目で見、耳で聞き、心で感じた
揺るぎない事実
「娘の気持ちが分からない」と言う中学生やおばさんを
彼は攻めたりしないだろう

最後に
これを読んで?何をくだらないこを言っているか!″と
思ったあなたのその感受性
それもまた正しいということ
だから いかなる時も
あなたはそれを否定してはならない
あなたの感受性を護れる人間は
あなた以外には誰一人として存在しないのだから!


自由詩 名詩『夕焼け』の娘の感受性 Copyright 夏美かをる 2013-06-15 03:40:24縦
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