夏の閃光、記憶の抜け殻
まーつん
一
セミの抜け殻が立ち上がり
自分を置き去りにした
主を探し始める
何も見えない目で
広がらない翼で
動かない足で
命が生まれ変わる度に
脱ぎ捨てられていく
過去という名の衣
それらは時に
魂を宿して
甘い樹液の枯れた
晩夏の木々の幹の上
微風に優しく揺さぶられ
憑かれたかのように
目を覚ます
二
空に走る閃光と
街に流れた血の河と
あれから六十七もの
夏を重ねてなお
セミ達の唄に
受け継がれ
唄われる
原爆の記憶
聞こえますか?
焼け爛れた
五体の絞り出す
苦悶の声
聞こえますか?
水を求めて
呻きを上げる
乾きの声
私達の心に
響かない限り
それらは決して
静まることはない
三
たとえいつか
人の愚かさを証した
地上の傷跡の痛みが
忘れ去られたとしても
セミ達は唄い続ける
儚い命を燃やして
今年の夏も
私達は見るだろう
抜け殻となった記憶が
主を求めて立ち上がる姿を
唄い終えたセミの命が
沈黙の中に燃え尽きたとき
世界は何も変わらなかった
だがそれでも
止むことのない
呼び声があり
自らを置き去りにした
時代の流れを引き留めようと
幹の上で身悶えする
あの夏の記憶
記憶の抜け殻よ