名前も知らないところから
虹村 凌

回転寿司屋の板前のブルースとか
山手線の運転手のブルースとか
今でもそんな事ばかり考えているんだ

この前の事なんだけど
風呂場の鏡に捨てられた犬みたいなのが写ってたんだ
誰だって聞いたら
俺だって答えたんで笑っちまったよ
そんな話を後輩にもう3回はしてるって呆れられちまった

そう言えば俺はそろそろ引っ越すんだけど
結局この街でお前に会う事もすれ違う事も無かったな
ロフトからお前の服を下着を放り投げる事も無かったな
そもそももうこの街にはいないんだろうし
きっと上野の美術館にでも行った帰りに
鴬谷あたりのラブホで茶髪と眠ってるんだろう
もうそんな歳でも無いか

青梅街道も山手通りも井の頭通りもすっかり夏で
時々牛込神楽の夜を思い出すんだけど
もうお前は思い出したりしないんだろうな
お前がそんな奴だったらきっと俺はノスタルジックに
時々は思い出してもらえるんだろう
俺ももう言い飽きたよ
結構どうでも良くて
死んだって噂も聞かないから生きてんだろうし
縁がありゃまた茶でもセックスでもするんだろう

アカマンボウを切ってマグロの赤みと言うブルースや
G線上を回り続ける点Pを操るブルース
回り続ける地球とか宇宙
ケミカル
そんな話を六本木のバーでしようか
ナッツかチーズでもつまもうと思って入ったバーで
名前も知らないところから始めて
和音と名乗ってくれよ
会ってセックスして眠って仕事へ行く
何回か繰り返した時に
「俺たちはもう別れた方がいい。その方が君の為だ」
真顔でそう呟くから吹き出してくれ
何なら台本だって書くから

お前の中のシミは残っているか
俺はもうお前の顔も声もどんどん忘れていくけれど
まだ残ってるぜ小さなシミが

お前の中のシミが消え去って
名前も知らないところからまた


自由詩 名前も知らないところから Copyright 虹村 凌 2013-05-12 20:53:37縦
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