夕焼けが足りない 4(枝垂れ)
AB(なかほど)

まだ緑の生い茂った頃につく花梨の実は、
毎年のように手が届かないところについてい
て。酒に漬けると美味しくなるとか、蜂蜜を
加えたら喉の薬になるとか、はす向かいのK
さんは毎年言う。

けれど、その花梨の実は家のものではなく
て、荒れ放題の隣の敷地から家の屋根に覆い
かぶさるように伸びているだけで、喉薬にし
たいから花梨を分けて下さいと言えるほど、
隣の亭主も僕自身も波平さんみたいにはなれ
ない。

それから、無花果が、キイウイが、柿がそ
れぞれ実をつけては家の玄関口や勝手口にせ
り出してくる。のをそのままに放っておくと、
まず、無花果のお尻に小さい穴が開いて虫が
入る。キイウイは熟す前に風に吹かれてボト
ンと落ちて、柿は、柿はよっぽど渋いらしく
て、ドロドロになってから鳥に啄まれる。

雪の知らせも届きはじめ。実のなる木はす
っかり葉が落ちてしまい、隣の縁側がよく見
渡せるようになっても、花梨の細い枝の重た
そうに付いている実はそのままで、いつまで
たっても
「あの頃」
なんて言っている自分もぶらさがっている。




自由詩 夕焼けが足りない 4(枝垂れ) Copyright AB(なかほど) 2003-10-29 03:48:54
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夕焼けが足りない