弔辞
yo-yo

父が商人になったきっかけは
一本のから芋の蔓だったのです
長男だった私は
そんなことを弔辞で述べた
そばで母や妹たちのすすり泣きが聞こえた

その前夜
父はきれいに髭を剃ってねた
どこかへ出かける予定があったのだろう
だがそれきり
目覚めることはなかった

春浅い夜ふけ
寝たままの父を家族がとり囲んだ
寒いので父の布団に手足をそっと入れる
体に触れると
凍った人の冷たさがあった

から芋の蔓が大事な食料だった時代
大事な金銭のやりとりがあったのだろう
父はそのことを息子に話した
金を儲けることは楽しい
商売は一番だと

冬は練炭火鉢
夏はお中元売り出しの団扇
父は店でひとり
野球放送を聴きながら釣竿をいじっている
から芋で釣れる魚もいるそうだ

雑炊とから芋の蔓のまずさを
私はすこしだけ知っている
けれどもついに
から芋の蔓の育て方と
それをお金に変える方法は知らなかった

たまに私が家に帰るとき
そして家を離れるとき
西日を避けるための大きな暖簾の前で
父はぼんやり立っていた
視線の先には私があり橋があり駅があった

真面目に真剣にやらなければ
勝つことはできない
それは父が息子に教えた
釣りとパチンコの必勝法だったが
いまだ私は勝ったことがない







自由詩 弔辞 Copyright yo-yo 2013-04-30 07:03:59
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