フェルミのみた泡は
mizu K



しゃぼん玉をつくる作法をだれもが
忘れてしまった時代
みずうみにうかぶ
背泳者と油分の分離されない光景が幾日もつづいていて
土手から飽きもせず眺めている人に
私は丁寧に包装した小石を投擲しつづける
あの黒点のカラスになりたいと
いっしんに息を吐きつづける
肺をうらがえすほどに
みずうみの
背泳者の吐く息からぽくぽくと立ちのぼっているのは
水蒸気のはずだがどうみても
それは泡だ
冬空に
フェルミが浮かんでいる
ぽっかりと
ぽっ、かりと
宵をふところにまるめてつれて
いくつもいくつも浮遊している
まるで幽霊みたいだね
そうリードを持った子どもが笑って指さす
からっぽを指さす
うつろな瞳がそれでも夕映えに
数日前のある紙面の写真とうりふたつのフェルミが
泡を梱包することの困難さについて
なにも語らない
忘れさられて
忘れたまま誰もがフィルムを
それから
レンズが向けられるたびに
パトローネはすこしずつ
内の空間をひろげて
背泳者のいたあたりの残照と
ぽく、と吐かれた息のかたち
波紋のなぞるあたりが
測光され
警告は無視され
シャッターの音が
響く
フェルミは私の手のひらの罅われたレンズのなかで夢をみている
ヤマネのようにまるまって
まるで死んでるみたいだね
あはは
リードを放擲してしまった子どもが笑う
私はたずねる
しゃぼん玉の梱包方法を知っているかと
そう私はたずねる
子どもはこたえる
あの空の向こうのフェルミまでは飛ばせるさ
私の手のひらのフェルミは霧散してしまっていた
雪がふってきた
はらはらと
雲もないのに
はらはらと
太陽風にさらされたカラスの羽にも
いつしかうっすらと
リードにはなにも繋留されていない
子どもはもうこたえない
カラスはなにも語らない
背泳者は泡を生産しない
ヤマネは眠らない
フェルミは夢をみない


自由詩 フェルミのみた泡は Copyright mizu K 2013-04-08 21:18:04
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