心の化石
ただのみきや

真っ赤な林檎の皮をするり剥きますと
白く瑞々しい果肉が微かに息づいて
頬張れば甘く酸っぱく
口いっぱいに広がっては
心地良く渇きをいやしてくれるのです

そのおんなもまた
高い梢に輝いた美しい林檎のようでしたから
多くの者が憧れ慕っておりましたが
その枝をたぐり寄せもぎとったものは他ならぬ
夜盗のごとく装った己が運命にございました

愛しいおとこに裏切られ
信じていた全てのことがらがまるで
揃いも揃って踵を返したかのように

陰惨たる不条理の濁流
岩をも刻むその激流に翻弄されて
やさしさや
なごやかさ
よろこびや
かんようさ
甘く柔らかな果肉はみな削られて
闇の向こうへと流れ去って行きました

やがて孤独の岸辺に打ちあげられ
公正なお天道様と世間様の目に晒されますと
人々の噂や嘲笑が蛆のようにたかっては
その微かな名残をも喰い尽して行ったのです

陽に焼かれ
風に鞭打たれ
雨ざらしにされては
また
干からびて

残ったものはと申しますと
それは心の固い芯
怒りに憎悪
怨みに辛み
羞恥や嫉妬に恐怖心
嗜虐の笑み
残忍な殺意
誰も喰うことなど到底できはしない
頭蓋のような
鬼の部分でございました

やがて気の遠くなるほどの歳月が堆積致しますと
おんなの心からはだんだんと思念が抜けて行き
結晶のような像だけを留めたのでございます

それは負の金剛石
遥か昔の悲しい心の化石でございます
さても不思議なことではございますが
それは時空を超えて唐突に
古い家屋の押入れの中や
古物商の店先などに忽然と現れるのです
ところが人は何ら不思議とも思わずに
それを面として飾るのでございます
昔から見て知っている
般若の面として


自由詩 心の化石 Copyright ただのみきや 2013-04-01 23:03:24縦
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