眼科のこと
はるな


さくらも雪柳もなんだってああもこぼれるように咲くんだろう。
かたわらでぼとぼと落ちている椿の鮮やかに腐れるさま。
きょうも海が見えている。花曇り、ぼうやりとした稜線。
手を閉じたり開いたりしているだけで月が行ってしまう気持ち、海にわかってもらえるだろうか。

いつもの眼科はいつものように混雑していた。ここの眼科にはべらぼうに早口の医師がいる。さくさくとビスケットを割るように検診してゆくのが面白い。わたしの眼球は気球のような絵を見させられ、しゅっと風をふきつけられ、不格好なかたちの検査用の眼鏡(レンズをかちゃかちゃと入れ替えられるやつ)を通してすこし向こうの記号を判別させられる。
問診票へ書き込む自分の氏名と年齢とに戸惑いながら、何年もこうして眼科へきている。

となりで、何歳くらいなんだろう、女の子がたどたどしく絵本のかな文字を読み上げている。母親の目からあふれ出ているやさしさに、よくまあ窒息しないこと。
(サンタ、クロース、の、りぼん。)

小さな子の光に溶けるように細いかみの毛。

サンタ、クロースの、りぼ、ん。
オーロラ、い、ろの。
(オーロラいろは何いろ?)
(それはねえ、ほらこんなふうに、いろいろに光っている色だよ)
(これ?)
(この空の色のぜえんぶでオーロラ色っていうんだよ)
(ふうん)

眼科に窓はなく、大きなモニタには動物たちのドキュメンタリーが流されている。肉食獣がえものを捕える瞬間の、スーパースローモーションの映像。
チーターにねらわれた鹿みたいな生きものは、逃げて逃げて、足がもつれたのかはずむように転倒し、それでもまだ逃げて、そこから二歩めでもう一度転んで、のど元へ噛みつかれた。



散文(批評随筆小説等) 眼科のこと Copyright はるな 2013-03-30 14:47:33
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