亀のいちばん長い日
夏美かをる

亀とは
亀のようにゆっくりなペースで成長中の私の長女
この間9歳になった

その亀
学校以外の場所では
とっても朗らかでおしゃべりなのに
小学校入学以来
教室で全く口を利けない
少人数の支援学級ではお喋りができているらしいが
普通学級では三年間で一言も喋れていない
当然友達など誰もいない
ボランティアが終わって休み時間中の校庭を眺めると
いつも一人でぐるぐる走っている亀の姿を見かける

そんな亀についての話し合いの席で 担任の先生が
「今度の読書発表会には亀にもどうにか参加してほしい。
 三年生が終わる前にクラスの子に亀の声を聞かせてあげて
 亀は喋れるんだよってことをみんなに知らせたい。
 教室で亀が発表するのはとても無理だと思うので
 亀の発表をビデオに撮って教室で見せたらどうか?」
と提案してきた
おお、それはいけるかも!と
早速なんとか亀をおだてて
原稿を書かせ(いや、正確には殆ど旦那が書き)
それを読む亀の姿を撮影することに成功!
旦那がその様子を字幕入りのDVDに仕上げた

ところが亀ちゃん
撮影の時にはノリノリだったのに
発表の前日の夜 突然部屋の隅で
膝を抱えてしくしく泣き出した
「やっぱり明日学校でDVDを見せたくない」とのことだ
「あんなに上手に読めたのにどうして?」と肩を抱くと
「私の喋り方が変だからきっと皆に笑われる」と返してきた
「そんなことないよ」とすぐに言ってやれば良かったのだろうが
咄嗟には出てこなかった
確かに亀の喋り方はかなり舌足らずだ
DVDを見たクラスメートが思わず笑わないとも限らない
なにせ彼らはまだまだ自然体で生きてる小学三年生なのだから…
助け舟を出したのは二歳年下の妹
「笑う子はそっちが悪いんだから
亀ちゃんもそう思えばいいの!」
その言葉にはっとして
「そうだよ、そうだよ、亀ちゃん!
笑う子の方が悪いんだから
もしも笑われても気にしなきゃいいんだよ」
とやっと取り繕った

翌朝涙を溜めながらスクールバスに乗った亀を見送り
そわそわ時間を過ごしていると
正午過ぎに担任の先生からメールが届いた
なんでも亀はいたたまれなくて
DVDを上映している間は
応援に来てくれた支援の先生と一緒に
廊下に出て耳を塞いでいたそうだ
上映後に先生が
「頑張った亀ちゃんにお褒めの言葉を伝えたい人はいる?」
と訊いたら、何人かが手を挙げてくれて、
そのうちの四人の子が代わる代わる廊下に出て来ては
亀に言葉を掛けてくれたという
最後に先生も出て来て 亀の手を握りながら
「亀ちゃん、とっても上手に読めてたよ。
みんな亀ちゃんの発表に感心してたよ。
勿論笑った子なんて一人もいなかったよ」
と言ったら、
亀はすぅ〜と再び涙を流したらしい

夕方亀と妹を迎えに行くと
亀は満面の笑顔でスクールバスから躍り出てくるなり
握りしめていた皺くちゃの紙を私に見せた
それは最高ポイントの四が並んだ発表の評価票だった
「すごい!すごいよ!亀ちゃん、全部四だよ」
興奮する私と下の娘
更に亀に言葉を掛けに来てくれた四人のうちの一人が
“この子と結婚したい”と亀が私だけに秘密で教えてくれた男の子だと
その時知った私は余計に興奮してしまった

その晩は亀のリクエストにより回転寿司屋に行ってお祝いした
他の子が普通に出来ることの
十分の一くらいのことが かろうじてできるようになっただけで
いちいち祝いに繰り出す能天気な家族
だけど、亀の声が初めてクラスの子達に届いたんだ!
これを祝わずにいられるか!

ねえ、亀ちゃん、
“自分が話すのを聞いて みんなが笑うかもしれない”
なんて不安は あの時廊下で流した
最後の一筋の涙と一緒に蒸発しちゃったよね!
この先十年経ってもきっと覚えている
亀ちゃんにとっての今日という日のハイライトは
何といっても
アンディ君に褒めてもらったこと、
だね!!
亀ちゃん、ハイタッチ!


自由詩 亀のいちばん長い日 Copyright 夏美かをる 2013-03-08 04:59:08
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