父のブランコ
Lucy
ブランコを欲しがったのは私
それを父にせがんだかどうかはおぼえていない
どうだ こんな大きなブランコ
どこにも見たことないだろう
校庭にあるブランコよりも
はるかに高い木の柱と
長いロープを使った父の力作は
空まで飛んで行けそうな
特大のブランコだった
9歳の姉が腰かけたその木の板を
父は両手で持ち上げて
高い位置から押し出した
それーと言いながら 笑顔で
ブランコは大きな弧を描き
しっかりつかまっていろよと言って
父はいよいよ力を込めて
それーそれーと押した
上機嫌で
姉は悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げ
私の目の前を
素早い小鳥のように往復した
次に弟が乗った
弟はすぐに怖がって
こぶしを固めてロープにつかまり
首を縮めて
もういいー、もういいーと叫んだが
父は自分がいいと思うまで
押すのをやめようとしなかった
ブランコが頂天で一瞬止まって戻る時
弟の体は
空へ飛び出しそうに反り返った
そして私の番がきた
地面がはるか下を流れ
お尻が板から浮き上がり
耳元で風がうなりをあげると
私は 弟と同じように
もういいーもういいー
もうおりるーと叫んだ
けれど
まだまだと父はブランコを押し続けた
若かった父
私のブランコ
自分で漕いで
自分のリズムで
だんだん加速し
高度を上げていくなら良かった
そよ風にくすぐられ
雲と会話し
空の匂いを嗅ぎながら
チョウチョのようにスカートをひるがえし・・
お父さん
あなたはいつもそうやって
私の夢を無造作につぶす
あなたの思い込み
揺るがぬ自信
強引な加速
価値の押しつけ
いつだってそれが私を追い詰めた・・・
怖さの余り
パニックを起こしたのではなかった
私はロープから両手を離した
一番低いところでタイミングを計り
とび降りたつもりだったけど
体はふわりと空を飛んだ
次の瞬間
地面にしゃがみこむ格好で落ちた
あごとひざがぶつかり
その両方が切れて血が出た
「手を離すやつがあるか・・・。」
父は狼狽していた
見ていた母も驚いて
言葉少なに父を責めた
あの日
父の有頂天を打ち砕き
ただ子どもを喜ばせようとしたかっただけの
無邪気で不器用な彼の善意を
踏みにじって
幼い私は
それでも父を許さなかった