ホチキス
夏美かをる

娘と一緒にドラッグストアーに行って
「好きなものをひとつだけ買ってあげるよ」
と言ったら
「ホチキスが欲しい」と言う

「ホチキスならうちに二つもあるでしょ。
塗り絵の本とか色マジックのセットは?」
と言っても
「私だけのホチキスがずっと欲しかった」
と言う

仕方がないからホチキスを買って持たせてあげると
まるで生まれたての子猫を受け取るかのように
慎重に両手を差し出し、そっと胸の前で抱える娘
もうすぐ九歳になる

車の中でも小さな袋を離さなかった彼女は
家に着くなり
乱暴に包みを破ってそれを取り出し
広告の紙やリサイクル紙を
片っぱしから留めにかかる
パチリ、パチリ、パチリ
不器用にしか動かないその指先から
不格好で不揃いなノートブックが何冊も何冊も
ぱらぱらと舞い落ちる

あっと言う間に床一面に散りばめられた
ノートブックのひとつを拾い上げ
今度は何やらぶつぶつ独りごとを言いながら
彼女にしか読めない文字を書き始めている
よく聞くと独り二役で学校ごっこをしている
「このページにこれを書いて下さい」
「先生、何を書きますか?」
などと拙い英語で言っている
いつになく穏やかな口調だ
今度のクラスは居心地がいいのだろうか?

「今日 新しい男の子が違う町から来たよ。
黒い子だった」
「それから支援の先生と一緒にランチを食べたよ。
先生の部屋で私とレイだけが食べたよ」
学校では殆ど口を利けない娘が
翌日学校から帰って来て 
学校のことを話し始める
ぎこちない言葉で
嬉しそうに話し始める

膨らみかけた桃の蕾のようなその唇から
花珠色した言の葉の連なりが
はらはら溢れ出ているのを不意に見つけた私は
慌てて私のホチキスを取り出して
パチリ、パチリと束ね留める
ほんの小さな一片でさえ無くさぬように
連なりの全てをしっかり束ね留める

そうやって出来上がった
不格好で不揃いで
表紙もないノートブックが
娘の名前のついた引き出しに
これから何冊も何冊も仕舞われていったらいい

「今日は支援のクラスでカップケーキを食べるんだよ。
シルビーが最後だから」
そう言って、娘はまたスクールバスに乗って行った
柱時計の音だけがこだまするリビングの
テーブルの上 花瓶の隣
無造作に置かれたホチキスが
大きな口をポカンと開けて
今日も娘の帰りを待っている


自由詩 ホチキス Copyright 夏美かをる 2013-01-25 04:30:32
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