【HHM参加作品】 ビル・マックィーンの詩について。あるいは夢について。
Debby

 何かを書きたいと思った時、僕は自分の中に語るべきものがないことにすぐ思い当たる。幼少のころから意見を求められるときが一番苦痛だった。「君はどう思う?」なんて言葉を向けられると、途端に呼吸が苦しくなって血圧が上がったものだ。
 もちろん、大人になってからは少しずつではあったけれども、僕だってある種の対処を覚えていった。「悪くない案だと思うけれど、もう少し検討してみたいな」とか「とても面白いと思うよ、もう少し詰めて考えてみないか?」なんて言葉も上手に使えるようになった。
 つまりそういうことだ。僕はつまらない人間だということ。文章の価値が「面白い」というところにあるなら、僕は徹底的に無価値な人間だと言っていい。だから、僕はその価値観に与することは出来ない。僕という人間が無価値だと断じるような神に祈ることは出来ない。
 だから、僕はもう一つの文章の神、即ち「真実性」に賭ける。僕の話は面白くない、しかし少なくとも嘘ではない。そういう部分に全部まとめてベットする。そういうことだ。 
もし、あなたがこの文章を「つまらない」と断じるなら僕はこう答える。この文章はその真実性に於いて評価されるべきであり、あなたの神への祈りではない。おまえの神などくそくらえだ、と。
それでは、僕のつまらない話を始めさせていただく。ビル・マックィーンという一人の詩人についてだ。



 多くの人がビルを詩人だとは考えていないだろう。そもそも、ビルの詩のほとんどは活字になっていないし、彼が詩集を出版した事実もない。彼の知名度と反比例する形で、彼の作品はほとんど日の目を見ていない。多くの人は彼を投資家、ないしは投機家だと考えているだろうし、実際彼について語る多くの人はそのようにしてきた。
 アメリカ南部の綿花畑にぽつんと浮かぶしみったれた駅の食堂で、破れたスニーカーから親指をはみださせてベーコン・エッグを焼いていた男が、最盛期にして8億ドルという富を抱え込んだ現代の神話は彼の詩人としての側面を覆い隠してしまうのに十分だった。それが日本に翻訳されることもほとんどなかった。僕が知っている限りでは、「億万長者列伝」のような内容でテレビで流れていたこともあったような気がする。誰ものひと時を楽しませ、そして忘れ去られるおとぎ話だ。日本語に訳された研究書もほとんどないし、伝記も出ていない。多くの忘れ去れるゴシップ誌とほんのわずかの良心ある(主に経済の)研究者だけが、彼の人生を記録した。
 だから、彼がインターネットの広大な海に何篇かの詩をささやかに放流していたことはほとんど知られていない。まるで手紙を詰めた瓶を海に流すみたいに、しょぼくれた創作文芸サイトの掲示板に張り付けられた作品は数人の参加者によるささやかな賞賛(一番多いもので三つの賞賛レスポンス)と圧倒的な無関心の中で、静かに深海へと沈んでいった。
 ぼくの手元にはその作品のコピーがいくつかある。ぼくの英語力でも問題なく読める平易な文章の作品ばかりで、抽象的なイメージの羅列と事物描写を織り交ぜた、象徴主義的な詩だ。下手な訳で申し訳ないが、拙訳をいくつか提出してみよう。もちろん、全文引用はしない。各自、googleで探せば原典がいくらでも読める。何せ、彼は今となっては相応の有名人なのだから。(そんな物好きが一人でもいれば、という話だが)




「熾火」より引用

それは確かに燃え盛っているように聞こえる
数ばかりが、平原を踊り狂う
やつらの強い筋肉で、人々もまた踊り狂う
おれの狂騒はひどく強迫的で
水面をたたく、深いつちふまずが
それはたしかに、燃え盛っているように
聞こえる
綿花畑から、逃げ出さなかった
逃げ出さなかったやつらの強い肉体
数ばかりが、平原を踊り狂う
やつらの強い筋肉で、おれの狂騒は




 ビル・マックィーンの短い生涯を神話に変えてしまった出来事。すなわち、彼の資産形成のいかがわしさと夭折について。もちろん、語りつくされて(それどころか、神話拡大の果てに可能性さえも堀りつくされた!)しまった逸話だが、もう一度確定できる事実だけを手繰りなおしてみることには、それなりの意義があるかもしれない。これはとても便利な言葉だ、それなりの意義があるかもしれない、そう言えばだれも否定はしない。僕の人生にだってそれなりの意義があるかもしれない。やめよう。さて本題だ。
 二〇〇一年の九月、彼の資産は一時に膨れ上がった。
 彼がベーコン・エッグを焼いて稼いだいくらかのカネ、そしてありとあらゆる方法(もちろん、とてもいかがわしい方法だ)でかき集めた八万ドル。彼は、これらのすべてを全力で空売りした。かけられる限りのレバレッジをかけ、可能な限りの全ての空売った。ささやかな金額を、金融工学の最も基礎的な狂気に乗せて彼は放った。
 それは、だれが見ても狂気の沙汰としか言いようのない投機だっただろう。二〇〇一年の九月十日。それだけの取引を終えると、ビルは仕事にもいかず食事もとらず、あとはデスクトップPCの電源を落としてひたすら眠ったとのちに語っている。その投機の内訳については完全に明らかになっているわけではない。だが、ビル自身の言葉を引用すればこういうことになる。

「あの日、テレビに映った燃え上がるビルを見て、俺はそれが俺の夢であることを知ったんだ。俺の夢が、俺の梯子が天に届いたことを知ったんだ」
MoneZ誌 「渦中のビル・マックィーン氏に訊く」より引用





「蛮族」より引用

見ろ、鳥だ、鳥がやってくるぞ
土くれを踏み散らして
蛮族どもが走る
我々よりいくつかの母音が多い
あるいは欠損した
彼らの、言語
飛行機は祈りの射程より
少しだけ高い場所を
西へ



 
 ビル・マックィーンが初めての投資を行ってから一週間ほどして(つまり、飛行機が落ちてから一週間だ)NYダウは再開した。貿易センタービルは多くの金融機関が入居していた場所だったから、再開には時間がかかった。九月十日の終わり値で九六〇〇ドル程度だったものが八八〇〇まで落ちたのだ、文句のつけようもないブラックマンデーだ。ドル円のレートも僅か一日にして三円以上下げた。日経平均も引きずられて七〇〇円近く値を下げた。パーフェクトな全面安。「何を売っても儲かる」市場だ。ビルがカーテンを閉めた部屋で眠っている間、世界はそんな風に進んだ。
 多くの投資家がこの一週間で首を括った。株価が動き出すのを待つまでもなく、事態は絶望的だった。NYダウが再開されたときが命日になる投資家たちが次々と市場から退場し、あるいは人生から退場した。その頃、僕は仕事の都合でアメリカにいたのだけれど、こんなジョークを耳に挟んだものだ。
「ウォール街にもずいぶん小型機が墜ちてたよ。アルカイダの仕業だね」
「いや違うさ。飛べると思ったんだろう、飛行機が墜ちるなら人間が飛ぶ道理だ」
 二〇〇〇年代はおよそそんな風にして始まった。事態は絶望的で、世界は怒りと絶望に満ちていた。多くの当事者たちは絶望したし多くの野次馬たちは怒り狂った。その中で、僕は野次馬でさえなかったことを覚えている。なにせ、僕は今も昔も政治や経済にはほとんど何の興味もない。せいぜい、ガソリンの値上がりや僅かな外貨預金が気になるくらいだ。もし、僕が一台のプロペラ機になってウォール街に墜落したって、世界は何一つ変わらない。そんな風に考えていた。
 しかし、ビル・マックィーンの逸話を初めて読んだとき、僕は何かを感じた。何か、自分の中を横切るものがあることに気付いた。でも、それはずっと言葉にならないままで僕の中にとどまっていた。
 それから十年近くもたって、ルネ・シャールのこの詩を知った。



「人間の時代に、私は、生と死を隔てる壁の上に、次第に裸形の度を深めるむき出しの一本の梯子が立ち延びていくのを見た。その梯子は、比類ない引き抜きの力を帯びていた。その梯子こそ、夢であったのだ……。かくして、暗闇は遠ざかり、〈生きる〉ことは、過酷な寓話的禁欲の形をとって、異常な諸力の征服となる。われらは、それらの力に横切られていることをひしひしと感じてはいる。だが、われらは、誠実さ、厳しい分別、忍耐を欠くがゆえに、それを不完全にしか表現しない。」
                 
ルネ・シャール『断固たる分割』





「この世に偶然なんてものはない。もちろん運命なんてものもない。俺は晴れた日が大嫌いだ、雨の日も大嫌いだ。俺の人生に良い日なんて一日もなかった。偶然も運命も、全部まとめてくたばっちまえばいい。俺のケツの穴から頭の先っぽまで、一本の梯子が貫いてるんだ。それが俺の夢だ。俺はそいつを昇った。それだけだ、それ以上もそれ以下もない」
MoneZ誌インタビュー 「渦中のビル・マックィーン氏に聴く」より引用




 ビル・マックィーンとアルカイダの関係は、FBIとCIAが血道を上げた捜査にも関わらず立証されなかった。それは当然のことだ。駅食堂の高卒コックにそんな人脈があるわけがない。彼とイスラム過激派の間にはどんなつながりも(少なくとも捜査の上では)浮上しなかった。「コーランは読んだことがあるよ、とても良いことが書いてある本だ」と嘯いた億万長者は、執念深い捜査の手から自由になった後も順調に投資を続け、莫大な富を築き上げ、死んだ。FBIやCIAの取調べにもみくちゃにされても死ななかった男は二〇〇九年の十二月、ショットガンで自分の頭をぶち抜いた。長い銃身の先を口にくわえて、足で引き金を引いたのだ。遺書一つなかった。テーブルの上には飲みかけのハイネケンが一本あるだけだった。
 彼の墓の所在地は明らかになっていない。ただ、彼の遺産はその半分が彼の親族(老いた両親と妹だ)に、残りの半分は九・一一の跡地、グラウンド・ゼロの復興に寄付されている。だが、復興作業そのものは度重なる金融危機と景気の減速で、思うようには進んでいない。焼け跡に建つ予定の「フリーダム・タワー」の竣工はオフィス需要の減衰で二〇十三年から十八年に延期され、政治的意図を大きく含む「フリーダム」の語は削除される予定だ。




「裸体」より引用

落下する男の尻に
旧い傷跡がある
それはおれがずっと昔
ブランコから転げ落ちたときのもの
落下する女の太腿に
小さく深い噛み傷がある
それはおれが昨夜
盛り上がりすぎたせい
そういうふうに
おれは考えている
誰一人信じちゃくれないとしても




 ビル・マックィーンはForbisにもBusiness weekにももちろんTIMEにも登場しなかった。だから、彼のことを研究している人間はそれほどの数はいない。彼に興味を持ち続けている人間がいるとしたら、それはおそらくCIAくらいのものだ。(彼らの執念深さには定評がある)ゴシップ的要素を排した研究書と言えば一冊しかない。サイール・アミン氏の書いた「ビル・マックィーン―夢の梯子」だ。エジプト出身の社会学者にしてマオイズム研究で名を残すアミン氏は、ビルを語るとき陰謀論を持ち出さない、世界でただ一人の論者だろう。ビルの発言と詩を精神分析の手法で切り刻んだ、この退屈にして誠実な書物は一読の価値のある文芸批評に仕上がっている。
 アミン氏への感謝と敬意を込めてこの一節を文末に引用したい。

「『夢が我々を見ている』というロシア的倒置を事実として私は考えます。夢があなたを考え、夢があなたを形作り、夢があなたを語ります。世界について、語り得る真実はこれだけだということを、私は証明したのです。真実こそ、全ての価値の根源であり夢なのです」



散文(批評随筆小説等) 【HHM参加作品】 ビル・マックィーンの詩について。あるいは夢について。 Copyright Debby 2013-01-21 06:09:28
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