残像
ただのみきや

一巻の蝶がほどけ
色と熱を失った記憶の羅列が
瞬きもせずに四散する
錐揉みの燃える落日に
ことばには満たない鱗粉が
乱反射しながら霧散する


重力が半減したかのように
その長すぎる一瞬に 面影は
半旗がゆっくりと 翻るように


月は太陽の裾で身を覆い
貴族のように夜を行き来するが
その正体は骨で埋もれた白い墓
笑みも抱擁も凍えるほどの美しさ
孤独に飽いては夜な夜な手招きをするのだ


地上では飛べなくなったものたちをあさる
蟻よりも利己的な虫のことを普通の人と呼んでいた
一人の手際が悪い分お喋りな男が
翅を失くした女を暗い穴の底へといざなった
生かしたまま 長々と啜るために


やがて女は絶望と堕落という双子を身ごもったが
いつまでもその胎が開かれることはなかった
それでも唯一の生きた証 子らに聞かせるのは
かつて月へ捧げて詠った
幾百という愛の詩

心の闇に冴え冴えと浮かぶその横顔
幾重もの波紋が瞳を揺らし
唇だけが少女の情熱を纏っていた
夜風にゆれては闇に消え入る花びらのように
微笑みながら想うのだ

この世界はすでに滅んでいて
今あるものは全て 誰かが見ている残像なのだと
それは強ち嘘ではなかった
その時 すでに瞳は閉じられて 二度と
目蓋が開くことはなかったのだから

やがて亡骸を喰い破り
絶望と堕落という双子の寄生虫は姿を現した
白く肥えた躰が月明かりにぬらぬら光っていた
養い親の詠った詩を口ずさみながら
二人は世界を見渡した
それは大きなデコレーションケーキ
甘く満ち満ちた楽園だった


月は自己矛盾を胸に秘めたナルシストで
正直地上は見飽きていたが 幻想交響曲のように
懇ろな足取りで破滅が近づく頃になると
闇に紛れてこっそりと
月下美人と噂される
見知らぬ女を捜すのだ


自由詩 残像 Copyright ただのみきや 2013-01-19 00:05:33
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