書こうとしたことを忘れてしまって
小原あき

書こうとしたことを忘れてしまって
空をノックした
誰も出てきてはくれなかった

書こうとしたことを忘れてしまって
目を擦った
視界がさらにぼやけて
手からしょっぱい匂いがした

書こうとしたことを忘れてしまって
毛布に包まった
自分の体温は
やけにぬるく
なんの味もしなかった

書こうとしたことを忘れてしまって
水を飲んだ
一リットルのペットボトルが
空になっても
喉が渇いていた

書こうとしたことを忘れてしまって
水溜まりを揺らした
空から鳥が
飛び出してきた

書こうとしたことを忘れてしまって
写真を撮った
鳥が泳いでいた
見るたびに色が変わって見えた

書こうとしたことを忘れてしまって
君を愛した
丸裸だったけど
寒くはなかった
ひどく
甘かった

書こうとしたことを忘れてしまって
飲めやしない
海の水を汲んだ
あの鳥みたいに
泳ぎたかった

書こうとしたことを忘れてしまって
巣箱を作った
あの鳥は
りんごを少し
かじってった

書こうとしたことを忘れてしまって
見るたびに色の変わる羽根ペンと
海の水のインクで
足跡をスケッチした

足跡は水溜まりで
だけど
誰も揺らさない




ああ、これは
一体だれの
足跡だろう


自由詩 書こうとしたことを忘れてしまって Copyright 小原あき 2013-01-13 09:58:08
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