湯屋のおもひで
そらの珊瑚

空っ風の吹く夜は
別宅の湯屋のうすい硝子戸が
ぶるぶる震えて怖かった

ぼんやり灯る電球の下
木の蓋をとれば
お湯はもうもうと息を吐く
祖母は
もう、いいよ、というまで
ごつい亀の子たわしで
背中をこすってくれという

シヲレタ白い皮膚に
命がよみがえり
みるみるうちに
それは赤く染まった

空っ風の吹く夜に
なんにも持たない幼い裸の私が
ただひたすらに
もういいよ、を待っている

あれから長い時が過ぎ
大人になって
何かを得たような気になっていたが
結局のところ
私には
命の他には何もないし
何も持っては逝けないらしい

カラッカゼ ノ フク ヨル 二
今でも
もういいよ、を待っている


自由詩 湯屋のおもひで Copyright そらの珊瑚 2013-01-09 08:55:40
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