スミ子さん
初代ドリンク嬢

小さなスミ子さんは
短く刈り込んだ髪で
不安気に
わたしの隣に立っていた。

「今日から働いてもらうスミ子さん。いろいろ教えてあげてね」

ナースから少し離れて
私たちは長い廊下を歩いた

何もない部屋の中

空を飛んでいたはずの魚は
窓から飛び込んできたらしい
山積みになってもう死んでいた
なぜ、
この小さな窓から
入ってきたのか

ヌメヌメした体を横たえて
どこを見ていたのか
目はギラリとしていた。

私たちを案内してきたナースは言った。
「この魚を畑に撒いて肥料にするのよ」
「今日からスミ子さんに、この仕事をしてもらいます」

そして、
わたしがその仕事をスミ子さんに教える。
でも、
わたしはその仕事をしたことがない。


わたしとスミ子さんは生臭い匂いに耐えながら
魚の死骸をバケツに集めて
線路のわきにある畑にまいた。

気持ちのいい仕事ではない
わたしは今にも吐きそうだった
スミ子さんはただ黙って
魚を撒いた。

スミ子さんは喋らない。
年は50過ぎているらしい。
けど
小さなスミ子さんがなぜここに来たのか。
なぜ働かなければならないのか
しゃべらないスミ子さんは
何も言わない。

スミ子さんに教えるべき事もなく
私たちは
魚を撒いた

イヤになってきた

臭いとかしゃべらないスミ子さんとか
理由はあったのだろうけど
魚を撒くことがイヤになった

私はスミ子さんと
橋を渡り
缶ジュースを飲んだ
手が魚臭くてうんざりした
日はまだ高くて
私とスミ子さんは黙って座っていた

電車の走る音が聞こえる
とても暑くて
二人の体からは腐った魚の臭い

私とスミ子さんは魚を撒いた畑へ戻った

最悪

魚は鳥たちに食い散らかされていた
鳥の糞と腐った魚の臭い

「ちょっと待ってて。
どうすればいいか聞いてくるから。
こんなの片付けられないから」

私はナースに聞きに行くこともなく
だらだらと橋を渡った
ただ、
だらだらと歩いた

しゃべらないスミ子さんと
腐って食い散らかされた魚

もう、
うんざりだった

どうしてそこに戻ったのかわからない
戻らないといけなかった
私には他に行くところがなかった
それをやらなければ・・・

畑に戻ると
スミ子さんがどろどろになった手を持てあまして
膝を抱えて座っていた
畑にはもう
腐って食い散らかされた魚はない

「スミ子さん片付けてくれたの?」

私はスミ子さんを見た
ただ一点を
うつむき加減にみているだけ

私はスミ子さんを抱き締めたくなった

この憎らしいほどのスミ子さんを

でも、
抱き締めてはいけないような気がした
気が狂いそうになった

「帰ろう」
私とスミ子さんは
夕焼けの中
橋を渡って手をつないで歩いた

スミ子さんがいた



髪を短かく

切りこんだ

小いさなスミ子さん



自由詩 スミ子さん Copyright 初代ドリンク嬢 2013-01-08 23:55:49
notebook Home 戻る