戦闘少女、戦闘少年
片野晃司

 襖で仕切られた四畳半の、その襖を開けるとまた四畳半、また四畳半、大きさの異なる箪笥がいくつもあり、埃避けの布を掛けた雛壇があり、その隙間にすっかり平たくなった綿布団があり、そんな部屋が前後左右に際限なくあって、そこでいま僕は少女である。どこかで襖を次々と開けて駆けていく物音がする。足音から裸足の足の裏が生え上がり両足のあいだから尿の匂いがする。そしてまた別の尿意が遠くで襖を開けて駆けていく。そしてまた別の尿意。開けて襖、そしてまた襖、箪笥、雛壇、布団、尿の匂い。いま私は男の子である。横切って襖、横切って襖、荒々しく足、荒々しく股、荒々しく腹、荒々しく胸、荒々しく腕、荒々しく指、荒々しく尿意、そうして襖を荒々しく開くたびに、その開ける瞬間の一瞬前まで、そこに誰かがいた気配がする。いま僕は少女で、いま私は少年で、なにもかもがまんできない。

 どこかで戦いの音がする。高空で一機の飛翔兵器がもう一機に空中衝突しようとしている。照準の中心に捉え、加速する。翼端をかすめて反転し、そしてまた反転。美しく整備された機体がきらきらとしなやかに伸び上がり、気流に沿って反り返り、腰のあたりを中心にして回転する。操縦される私、操縦される僕、ゆびさきが曲げられ、つまさきが曲げられ、うでが曲げられ、あしが曲げられ、微細な電撃が走り抜ける。

 それをしてみたかった、いちどしてみたかった、このあいまいなからだもこころも、このあいまいなせつめいも、ぜんぶうそだったんだってひっくりかえしてみたかったって。ぜんぶうそだったんだって、ぜんぶぜんぶうそだったんだってほうりなげてみたかって。不可聴の交響楽に打ち滅ぼされて、まったく役立たずだったって。

 いま僕はひとつの神経細胞となってきみに触れている。いま私はひとつの神経細胞になってあなたに触れている。どこかで襖を次々と開けて駆けていく物音がする、その速度はおよそ秒速100メートルである。僕のうごきがきみに伝わり、私のうごきがあなたに伝わり、まじりあい、戦い、まじりあい、戦い、いま僕は少女であり、いまきみは少年である。

 高速で衝突しようとしている僕/私の視点から、きみ/あなたの身体の詳細が明らかになってくる。光沢から肌目、肌目から微細な産毛、汗腺、そこからさらに衝突していき、方形に仕切られたひとつひとつの単位が見えてくる。さらに視点は衝突していき、きみ/あなたの中で僕/私は消滅する。わらっちゃうよね。わらっちゃうね。きもちよすぎてね。このままこの紙ぶち破って外まで出てみようか、このかっこうのままで。

 襖で仕切られた四畳半の、大きさの異なる箪笥がいくつもあり、埃避けの布を掛けた雛壇があり、その隙間にすっかり平たくなった綿布団があり、そこで僕は少女である。そこで私は少年であり、あなたは少女であり、つりあっているから僕ときみとのあいだでいつも荒々しく戦いが始まるのだった。いちどやってみたかった、たのしかった、いつもやっていたかった、つかみ合い、すれ違い、組み合い、逃げては追い、どこまでも逃げてゆき、どこまでも追ってゆき、そろそろおしっこしたいよね、襖を開ける、襖を閉める。いそがないとね、襖を開ける、襖を閉める、箪笥があり、布団があり、そろそろがまんできないよね、きみは最新の兵器となって僕になり、あなたは最新の兵器となって私になる。完全につりあっているから最後には消えておわる。


(詩誌ガニメデ五十二?号掲載 2011年○月)


自由詩 戦闘少女、戦闘少年 Copyright 片野晃司 2013-01-06 00:46:56縦
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