私の前にある…
夏美かをる

主婦が三日寝込んだだけで
高く高く それは高く
見事に築き上げられた
お皿の山
洗濯物の山
子供が引っ張り出したガラクタの山
塵・埃・ゴミの山…

実家を離れて初めて知った
美味しいご飯が食べられるのは
それを作ってくれる人がいるから
清潔な衣服を着ていられるのは
それを洗ってくれる人がいるから
整頓された家に住めるのは
そこを掃除をしてくれる人がいるから…という真実

毎日毎日 半世紀以上もの間
母が務めてくれていた 家事という崇高な奉仕活動
誰にも感謝の言葉すら掛けられないのに
弱音も吐かず 愚痴もこぼさず 疑問も持たずに
黙々黙々と 当然のように 休むことなく
半世紀以上もの間 毎日毎日

太古の時代から
男は家族を喰わせるために外で戦い
女は家を守ってきたのだ
母は母の母から世襲したその役割を果たしてきただけだと
事も無げに言うだろう 

せめて私は
唇は噛みしめても
家事に無能な
夫に文句は言うまい

“ああ、私が居なくなったら
この家は山々に押し潰されるのだ”
大きな溜息を一度だけ ふーと吐き
山々に襲い掛かる
ひとつ崩し ふたつ崩し…

石垣りんの言葉が浮かんでくる
“それはたゆみないいつくしみ
無意識なまでに日常化した奉仕の姿”
山々を総なめにしたら
自分のためだけに淹れたとびきりのコーヒーを一杯飲んでから
もうすぐここに集ってくる家族のために
美味しい晩ご飯を作ろう
私の前にある
圧力鍋と炊飯ジャーとIHコンロで

そうして出来上がった滋養のある野菜を
娘達がいかに嫌おうとも


自由詩 私の前にある… Copyright 夏美かをる 2012-12-31 03:08:38縦
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