蒼い思考 デッサン
前田ふむふむ

  
     
                   
ものを捨てる
なにかを捨てることに
ときにためらい うしろめたさを
感じながら
一方では恣意的な解釈を
遠いツンドラの泥土のしたに
かくして 
わたしのカラになった咽頭のおくを充たした
そうすることで
わたしは出自にたちかえった
その紙のような意識は
いまおもえば 
朝の一滴には ほど遠く 
わたしは灰色の空を
限りなく低く翳していた

沈んでいく 冬の街灯のひかり
ライトの下 くすんだ羽毛ふとんに覆われた 少女のような女が ビルの脇で横たわっていた 透けるほど白い頬 凍るかぜがふとんを叩いた 女は冷たい息を弱く吐いて うすく開いた眼は 遠く来歴をみているようだった 路上で寝る 女を見るのは はじめてだった 未知の感覚を 母に話したら 不幸を呼びこむから やめなさいと諭された 拒否した母の声から 少女のような女が流れている 柔らかな乳液のように

雨が降ってきた
冬空がざわついている
こんなとき わたしの安閑を
破って それはやってくる
わたしはいつから薄光に揺れる塔を
意識しはじめたのだろうか
場所は全くわからないのだ
それは存在として
高くいつまでもあった
あの塔について考えることが 
わたしの命題として
いつも手の汗のなかに 狭い眼窩のなかに
あって その感触を忘れないことが
わたしの役割でもあるようだった
その塔のうえには 
無謬性のひかりの場所があって
一本のハクモクレンが
咲いているのだ
わたしは夢中になって
そのことを父に話したが
父は黙って壁のように立っていた


父は家族が買いそろえた
白い羽毛ふとんのなかで
夏を待たずに死んだ
大きなあじさいの絵がかかった部屋には
羽毛ふとんがない以外に
何も変わっていない
たびたび その部屋にある
漆塗りの仏壇に線香をあげると
父がすぐうしろに座っている感覚が
からだ一面にひろがり
ほそい芯で灯っている胸に
父の視線が突き刺さってくる
夕暮れのような視線
心拍が激しく血液を流れて
わたしのからだは 殻におおわれた

雨はやんだらしい
あれから梅雨のまんなかで
泣くのをやめたのだ
夜は静かになり
新しい羽毛ふとんをしいている

鈴を鳴らすと
眼の前の
ロウソクが揺れている
そうだ、
なぜ飛んでいるのか
わからなかったが
あの塔を飛ぶの鳥の群れを
もうずいぶんとみていない
毎日 飛んでいた空が 
燃えている
ロウソクが 
やがて消えると
あたりは暗くなり
わたしは 座ったまま
白い羽毛ふとんに包まれて 
眠っていった

背中のほうから 湿った呻き声が聞こえた ベンチで まどろんでいたわたしは 寒さですくんだ手を口にほおばった 街灯のあかりが ゆらゆらと眼のなか一面に泳いでくる ビル風がうずを巻いてくる 禁煙 と書かれた看板が 無機的に貼られた公園で たむろしている浮浪者たちが 猛禽類のように動いている 女が子を産んだらしい 透けるほど白い 少女のような女がタオルを添えて 赤子を抱えている 柔らかいいのちが 夜の冷気にひたり ふるえている なぜだろう 赤子の泣き声が聞えない 耳のなかで砂あらしが吹いている ひとりの浮浪者が壊れかけた電話ボックスで 懇願をしている 他の浮浪者たちは奇声をあげてわめいている ぐったりと 地面に横たわりはじめた少女 湿った太股が あかりに浮かんでいる 傍らに 脈打つやわらかい磁器 野生の猛禽類が見守っている
公園に横づける 無音の救急車

わたしはベンチから立ち 公園の門をくぐった
煌々と昼の顔をしたビルの電灯が いっせいに消えた
わたしは大通りにでて コートの襟を立てた ひとは歩いていなかった
塔のようなビルが断崖のように並んでいる でも あのむこうに いく必要はないのだ それだけは わかるようになった いつからか そう思うようになった 少女のような女と赤子が吸う おなじ空気がとけて わたしのからだを流れている

耳のおくで ひとつ水滴が落ちた
わたしは寝返りをうった

 きっと白い羽毛ふとんのなかで





自由詩 蒼い思考 デッサン Copyright 前田ふむふむ 2012-12-01 00:04:08縦
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