一月の空—デッサン 
前田ふむふむ

     


水路沿いにある病院を
服薬をもらって出た
六番目だった
先生は機械のように診察した
わたしは それにふさわしく
死人のように応えた
道路では 
駅からくる通行人がまぶしくて
つい下を向いてしまう
気にすることはない
この頭痛があるときは
死んでいるのだから
たぶん見えていないだろう

いつもの
小さなガード下をくぐった
時間通りの快速電車が
奇声をあげて過ぎていった
鋭い金属音に
子供が泣きだしている
わたしは振り向かなかった
なぜか
急がなければならないとおもえた
すこし歩幅をひろげて
ほそい路地をぬけると
鼓動が激しくなった
苦しくて呼吸を整えようと
冷たい顔で
上を見上げると
どこまでも広がる
混ざらない一月の空
その一面晴れわたる青を
無限にひろがる青をみていると
不意に嘔吐した
あたたかい吐瀉物は
指先をぬけて
みずたまりに落ちた


追記あるいは本題
      
ぼくは 洋服ダンスにはいっている 何も見えなくなっているが ささやく声が聞えた気がする なつかしい声なので おもわず父さん(カアサン)といってみた ぼくのとなりが わずかに空間ができていて おだやかなぬくもりを感じながら 毎夜すごした 洋服ダンスは狭かったが ひとりで過ごすには十分な広がりであった ときおり ひかりが戸の透き間からさしてくる そのひかりが とても羨ましくて 外の物音がなくなるころを見はからい ひかりのほうに訪ねて行ったりしたが いつもその場所には 古い半袖のワイシャツが 掛かっている そして 簡単に解ける計算式が書いてあった ぼくがふくみ笑いをすると 古い半袖のワイシャツは 不満そうに燃えだして カッターで手首を切った 朝が噴きだしてきて 新しい計算式を空に書いた
一月の空に
   

気がつくと 子供がわたしの横に座っている 二人で計算式を眺めてみた
やがて子供は悲しそうにして この部屋は暗いね といって少し怯えている
だから 優しく子供を抱いて 寝かしつけた 子供の心臓の鼓動が わたしの心臓と共鳴している もう 数えられないくらい長い間 やわらかい脈を聞きながらわたしは子供と溶け合っていった
子供の透き間は いつしか 冷たい壁になった

戸の透き間から きらきらとするひかりがはいってくる
楽しそうな笑い声 静寂 また笑い声 テレビで ニュースのアナウンサーが
言っている 「報道 洋服ダンスの生活について」と

そういえば わたしはまだ ここから出たことがないのだ 柱時計が午前三時を打っている めずらしく頭痛はない 強い衝動がわきあがり ふるえる手が「生まれて始めてなんだ 戸を開けるのは」
雨が降っている 計算式はどうなったのだろう わたしは 忘れていた計算式が心配になりひかりの方向にむかった

二月の空に




自由詩 一月の空—デッサン  Copyright 前田ふむふむ 2012-11-26 17:49:43縦
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