A
ピッピ

棺桶を開けるとそこには見知った筈の大きな顔と、見知らぬ血色があるばかりで、周りには花なんか添えられているし、ついつい「久しぶりだなあ」と場違いな言葉が喉を震わせた。本当はこんなところに来たくなんかなかった、というのが正直なところで、昔好きだった人が自分の見えない場所で幸せになってほしいと思うように、どうせ過去になってしまうのであれば、自分の知らないところで時間が経過してほしい、「あいつ元気でやってるのかな」、それくらいの距離感でうまくやっていく筈だったのに、突然あいつの歴史がぶちんと切れて、その切り口だけをこうやって見せつけられている、それが苦痛でなければ何だというのだろう。あいつを、仮にAと呼ぶならば、Aはまあ、いつかこうやって死ぬだろうというのは分かっていた。食うことだけが幸せで、一緒に飯なんかも食ったが、人の二倍も三倍も食って、俺以外に友達はいるのか、と聞いたら、自惚れんな、と答えたが、結局病床には俺がやった肌色の多い漫画以外に見舞品らしいものはなかった。もしくは食い物を持ってきた輩がいたかもしれないが、残念ながらそこまで頭の回らない人間は俺の知り合いの中にはいない。どうせアニソンしか聞いてないんだろう、と思っていたが、あいつのiPodにはそんなものは入ってなくて、かっこつけてるんだかなんだか、俺の乏しい知識で知っているアーティストで言えば、マイルス・デイビスやら、ディープ・フォレストやら、スティーブ・ライヒなんかが入っていて俺の気を滅入らせる。最後に行ったカラオケで、アニメの画像が流れる歌を臆面もなく歌っていたお前は、誰だったんだ。あれももう、一年と半年も前の話か。山盛りのポテトが来たときに、頼んだのと違うと言って店員を平謝りさせてたじゃないか。あいつ、いっつも怒ってたな。温厚に見られるのが嫌だと言っていたから、もしかしたら俺の前だけだったかも知れない。あいつが怒るのは別に嫌いじゃなかった。ものすごく論理的で筋道立っていて、見た目と違うな、と言ったらやっぱり激怒していた。あれが悪かったんじゃないのか?「おい、A。聞こえてるのか?」かっこうつけで、そのくせ構ってちゃんで、そうやって、今そっちにいることを今頃懺いて、俺達を鬱陶しがらせようって、魂胆を練っているところだと思うよ。もうちょっと待ってろよ、すぐ行ってやるから。こっちに残した、ふてぶてしい顔の、抜け殻みたいな冷たい肉塊に、俺は微塵も興味がないんだよ。くゆらすメントール、酒が飲めないあいつが景気づけに飲んでいた、ウィルキンソンのジンジャエール。その一飛沫が、あいつの瞳のように光り輝いている。


自由詩 A Copyright ピッピ 2012-11-12 23:59:13
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