僕たちは何ものなのか
梅昆布茶

いつもスポーツとメカニズムにはコンプレックスを持っていたと思う。
でも好きなのだ。

たとえば本当はクイーンがとかカレンカーペンターが大好きなのにあえて反骨のかたちを
繕っていたのだろう。

だってポールモーリア好きだなんて言ったら革マルあの怖いでもちょい好きな姉ちゃんとか
民青の女子衆に白眼視される恐ろしさ。

だって今でもそうだけど世界の半分は彼女たちなんだぜ

大きな声では言えないけど彼女たちが本当は世界を創出し支配している筈なんだ。

男に渡してる企みでいずれ母体の無いものは衰退する。


男が能書きをいうわりに女は黙って(?)主張する。

言葉の多さではない。

社会的に認知されるかどうかなのだと思う。


例えば詩に方向性を設定するのは結構だ
枠組みで括るのも自由と思う

でも何か枠組みができそうな時に警鐘を鳴らすこと
流行り歌のワンフレーズで
気づかないけどちょっとポケットかなと思ったら
ちゃんとつたえて欲しい
だってそれが詩人でしょ。

ぼくはアイルトンセナが永遠のヒーローで
鉄道の陸橋を撮影スポットにしている世界って大好き。

それを否定するとがたいの大きな後輩が
ちなみにやつの趣味ってガンプラ

僕は詩を愛しているが
だって近所には
そおいう曖昧な言葉で
ものを買える店もないので。

でも
大好きです〜。






散文(批評随筆小説等) 僕たちは何ものなのか Copyright 梅昆布茶 2012-11-11 01:35:42
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