もみじ悔いたし鐘は無し
ただのみきや

契約社員の給料は安い
だからアルバイトも必用になる
午前四時前 朝刊配達に出かけると
山のふもとの住宅地
時折いろいろ見かけるが

エゾシカを見たのは初めてだ
角ある雄と雌のつがい
街灯が照らすアスファルトの上を
コンビニの横を二頭並んで駆けて行く
別に追いかけているつもりもないのだが

進行方向が一緒なのだ
怯えさせるつもりもないのだが
まだ暗いからライトで照らしてしまう
追い抜かすと余計に怯えさせそうで
サンタクロースとトナカイくらいの距離

夢のよう 不思議な光景だ
お尻の辺りは白っぽい毛で
ふと かわいいなと思い始め
携帯で撮影しようと片手ハンドル
だがちょうど良いところで二頭は左右に別れてしまった

いつもの通り新聞を配り終え
家に戻って仮眠をとる
朝食の席で妻と息子にシカの話をして
ぼやけた写真を見せては自慢をする
 「シカが下りて来るならクマも来るぞ」

暫しボンヤリの営業車
今朝の光景が浮かんでは
心切なくなってくる
二頭は無事に再会できたのか
住み慣れた山に帰れたのかと

だがあの時 一瞬だけ思ったのだ
後ろからシカをはねとばし
知り合いのレストランへ卸したら
少しは稼げるかもしれないと
だから余計に 切ない気分


自由詩 もみじ悔いたし鐘は無し Copyright ただのみきや 2012-10-25 00:42:13
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