風のなかの詩人たち
石川和広

僕は以前、このフォーラムの雑談スレ5で、風さんが、幾度か発言されていたのを見た。
円谷幸吉さんの遺書について紹介していたのをよく覚えている。
事情により退会されたが、独特の文体は異彩を放っていた。正直僕には、よみにくいところもあったが、多く秘めたる意志が竜巻のごとく、文体のうねりを作っていた。
さまざまな立場の方がいることだろう。ただ僕は、風さんのことを、ぼんやりと想いながら、この評文をかいている。


自然界の風は、不思議なものだ。
遠くから様々なものをもたらす
例えば、台風などが
そして何か
空をちがう模様にしたりして
僕らに新鮮な空気を感じさせるころには
とうに去っている。

詩や歌の中で、
風は例えば
ボブディランなら
世界に何が起ころうとも
確かさを感じさせる、
ひとつの証しとして、用いられ
多くの人に、その歌は国を越えて、愛されてきただろう。
反戦(主にベトナム戦争)の文脈で
歌われた頃もあるが、
様々なもの、事象が過ぎ去ること。
しかし、そこには絶えず、新しい風が吹いていること。
そういう、世界の確かさの感触とともに、
風の中にいる人間の孤独を浮き彫りにさせる力がある。
その力について、歌われた先の大戦の最中にいたユンドンジュの詩を引いてみたい。

  風が吹いて

 風がどこから吹いてきて
 どこへ吹かれていくのだろうか

 風が吹いているのに
 私の苦しみには理由がない。

 私の苦しみには理由がないのだろうか、

 たった一人の女を愛したこともない。
 時代をはかなんだことすらない。

 風がしきりに吹いているのに
 私の脚は岩の上に立っている。

 江がしきりに流れているのに
 私の脚は坂の上でとどまっている。



朝鮮半島から日本へ留学したり、なかなか、その立場は複雑なものを感じさせる。
金時鐘氏による力のこもった訳、いたましい詩である。
僕は以前、麦朝夫という詩人を「生の通行人」と云ったが、
ユンは、風は前に歩くことすらできない。
生の途絶…

もうひとつ
佐々宝砂さんや、斗宿さんにも
読むことをすすめたことがあるのが
これも、先の大戦の中。一兵卒として戦死した竹内浩三の「骨のうたう」

    骨のうたう

 戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ
 遠い他国で ひょんと死ぬるや/だまって だれもいないところで
 ひょんと死ぬるや/ふるさとの風や
 こいびとの眼や/ひょんと消えるや
 国のため/大君のため
 死んでしまうや/その心や

 白い箱にて 故国をながめる/音もなく なんにもなく
 帰っては きましたけれど/故国の人のよそよそしさや
 自分の事務や女のみだしなみが大切で/骨は骨 骨を愛する人もなし
 骨は骨として 勲章をもらい/高く崇められ ほまれは高し
 なれど 骨はききたかった/絶大な愛情のひびきをききたかった
 がらがらどんどんと事務と常識が流れ/故国は発展にいそがしかった
 女は 化粧にいそがしかった

 ああ 戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ
 こらえきれないさびしさや
 国のため/大君のため
 死んでしまうや/その心や

彼は三重の出身で、23で戦死している。出兵の前日、チャイコフスキーの「悲愴」
を聞き、部屋にこもっていたそうだ。

この詩には天皇が「大君」という古い言葉で、あらわれてくる。抵抗のある方も多いと思うが、当時の兵士にしかわからない感覚だと思う。
しかし、それが戦後、転換することを、「白い箱」になって、眺めるところに
恐るべき明察がある。
あっけなく死に往く哀切の予感が、
「ひゅん」という弾丸が風を切る音として、とても身に沁みる形で使われている。
驚くのは、出兵前に書かれ戦死したのに、戦後の光景が透視されていることだ。
ユンの詩にも、通底したものがあるかもしれない。残念ながら、ユンのことは詳しくないのだが、それでも、微かに、風化していく、骨となる、そして、消滅していくときに、聞こえる魂の詩は、風が耳にあたるように、吹かれるまま遠く馳せていくのだろうか…

彼らは、僕らに風のように、時に優しく、暖かく、凍みてさえ、形のないまま、ゆるやかに
そして、強く語りかける。
だから、言葉は古くともいつも読む人に新しい。


「風が吹いているのに
私の苦しみには理由がない。」
そして本当に
「理由がないのだろうか、」

ここには誰もが感じるのだろう、
自分が何か大切なものと通じ合えていないことが、
見えない痛覚とともに
うたわれている。

そういう時、僕らは風を手にするのだろう
そして、かろうじて、大切なものの感触が
感じられるだろう
それは、世界とのかかわりの、にんげんに、再生する細い風の音か



*参考、引用文献

◎ユンドンジュについて
「纜」3号 もず工房2002

◎竹内浩三について

竹内浩三著、小林察(編)「戦死やあわれ」岩波書店2003

*批評祭参加作品



散文(批評随筆小説等) 風のなかの詩人たち Copyright 石川和広 2004-12-15 17:49:20
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